IT小僧の部屋

最後のプログラム 

下天は夢か 一 「下天は夢か」シリーズ (角川文庫)

「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」

人間五十年を超えてしまったIT小僧は、コンピュータエンジニアとして働いてきました。

先日、あるプログラムを書いている時、ふと思いました。

「最後のプログラムを書く日は、いつなんだろう?」

今回のIT小僧の部屋
最後のプログラム
と題して、いつかやってくる「最後のプログラム」について書いてみました。

週末のコラムのようなものなので気軽の読んでみてください。

COBOLからはじまったコンピュータ人生

昭和の時代50年代 世の中には、パソコンは、まだマイコンと呼ばれる者程度しかなかった。
もちろん携帯電話どこか、インターネットなどもなかった。

文系の大学を出て就職したのは、コンピュータぎょうかい、東京工業品取引所のシステムを運営している会社である。
当時コンピュータと言えば、汎用機と呼ばれるコンピュータが主流でビルのフロアーにタンスのようなコンピュータとユニットが並んでいるものだった。
コンピュータ言語は、COBOLが主流でメーカーによっては、機械語(アセンブラー)で動かしていた。

そこから38年 20種類以上のコンピュータ言語と30以上の開発環境でプログラムを書いてきました。
COBOL時代は、手書きの仕様書と同じく手書きでコーディングシートにプログラムを書いていました。

最近では、開発環境は、コードの補完は当たり前で、コードを書いている段階でシンタックスをチェックしてくれる。
すごい時代になったものだ

しかし、同時に自分の頭で考えなくても仕事になるので人の退化に繋がりそうではある。

マイクロチップからスーパーコンピュータまで

会社に入って最初に書いたプロフラムが行数で100行前後、もちろんコードを書いている段階では、シンタックスチェックなどはないので、こーどを書いた後にコンパイル作業を行います。
そう最初のCOBOLでは、コードより多くエラーを吐き出したことを記憶している。

それから約3年技、数万行のオンラインプログラムを書くようになれるとは思いもしなかった。
たぶん、コンピュータ業界は、自分に合っていたのだろう。

その後、マイクロチップからスーパーコンピュータまで多くの環境でシステムの構築をやってきた。

ところが、その数え切れないプログラムの中で自分のために書いたものはほとんどない。
すべてが、カネになるプログラムであり、大まかな仕様は、決まっていた(あるいは、自分で決めた)ものである。

プロとして当たり前だけどカネになるプログラムでは、勝手な仕様は許されない。

そうです 自分のために書いたプログラムはないのです。

すべては、カネのために書いてきたものですから

取り残されたシステムは、捨てるが正解

COBOLの時代であってもプログラムの寿命は5年と言われていたぐらいであるから、今のシステムはもっと短い期間で消えてしまうと思われます。

一方、みずほ銀行や、京都市のシステムのように何十年も動き続けるのは、世の中にたくさん残っていると思います。
しかし、20年を超えるシステムは、仕様書が紙ベースで手書きのものが当たり前でしかもシステム担当者の多くは、存在しない可能性が高い。

結果論ですが、0スクラッチか、そうでなければ JALのようにパッケージ化されたクラウドサービス使うべきであろう。

さすがに自分の書いてきたプログラムは、残っていないだろう。

もし、残っていたらそれはそれで問題なのですが

最後のプログラム

これまで書いてきたプログラムってどのぐらいの数なんだろう?
数えたこともないのでわからない。

ソフトウェアの仕事は、ビルとか橋とかのように残る仕事ではないとIT小僧は思っている。
テクノロジーの進歩によって新しく書き直されるか、消え去る運命である。

最近は、iPhoneのアプリとC#で業務システムを構築とメンテナンスしています。
おそらく、まだ 仕事は続くと思いますが、そう遠くない未来に最後のプログラムを書くことになるだろう。

そのプログラムって、仕事?それとも 初めて自分のために書くプログラムだろうか?

いつか来る最後のプログラムのために修練の日々は続く

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