IT小僧の時事放談

【プログラマー物語】 第5話 カミンズディーゼル

コーディング プログラマー ノベルティ 神と私はコードを理解する パーカー

この物語は、IT小僧が「駆け出しプログラマー」だったころのお話です

今回のお話は、ひとりぼっち ひとりで客先で仕事をすることになった。
不安が大きく膨らむ中、幸運なことに意外な方向に進む

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前回までのお話

1984年 大学卒業 専攻は、仏教美術でした。

キーボードどころか コンピュータなど一度も触ったことのない男が、全商コンピュータサービスという企業に入社
入社前からオンワード樫山に出向いて 先輩に扱かれながら「いつか見返してやる」と決心、先輩のプログラムを徹底的に読んでプログラムを覚えるという日々が続きました。
やがて、仕事場がレナウンに変更、奇しくも日本を代表するアパレル2社で仕事をすることになった。

カミンズディーゼル

レナウンで仕事があるようなないような日々が続く
オンワード樫山のときと違い、システムが完成していてメンテンスぐらいしか仕事がないので 正直 暇だった。

とある日、A部長がレナウンに来て 意外な話が出てきました。

「今度、カミンズディーゼルという会社に行ってマニュアルを作成してもらいたい」

「自分一人ですか?」
とちょっと不安

「システムの操作手順をマニュアルにして欲しい という依頼があって 頼みたいのだが・・・」
というわけで、レナウンからカミンズディーゼルという会社に出向となりました。

ところで カミンズディーゼルって会社 知らなかったのですが、アメリカのディーゼルエンジンの会社で発電所などで使用する大型のディーゼルエンジンの会社で有名らしい

ディーゼルといえば ヤンマーディーゼルしか知らなかった。

カミンズ(Cummins Inc.)は、アメリカ合衆国のエンジンメーカー。ディーゼルエンジンを中心に、代替燃料エンジン、発電機などの動力源、各種コンポーネントの生産・販売・アフターサービスを行っている。

1919年創業。本社はインディアナ州コロンバスにある。

カミンズディーゼルの日本支社は、、1961年10月に小松製作所(コマツ)との合弁会社(出資比率50:50)小松カミンズ販売として設立

ウィキペディア

自分が出向した頃は、日本橋?(記憶が曖昧)あたりだったと思います。

マニュアル作り

カミンズディーゼルのシステム担当は、Kさんと言う人が1人で担当していました。
コンピューターは、バロース B1900 通称:スモール と呼ばれていました。

出向して最初にやることは、Kさんが行っている作業をすべて記録します。

電源立ち上げ、日常のオペレーション、終了処理

当時の外資系は、机がパーテーションで区切られていて、ほぼ個室状態 そんななかで日中は、Kさんの作業をすべてメモに書き留めて手書きでノートを作成。

もちろん、当時は、ワープロなど半端に高級品で一般には普及していませんでした。

手書きで書いたものをそのまま提出物にするわけにも行かないので 同期のMさんに相談
彼は、以前「自分をライバル」と言っていたのですが、オンワード橿山で一緒に仕事をするようになってすっかり打ち解けていました。

その彼が、当時、発表されたばかりの NEC PC-9800を所有してました。

話をしたところ 「使っていいよ」と快い返事

その日から、日曜日は、彼が住んでいる寮に通う毎日でした。
月曜から土曜日まで書き留めた 作業マニュアルを 彼のPC-9800で打ち込んで印刷

毎回、半日ほどおじゃまして それは迷惑だったと思いますが、
「自分のPC-9800が、仕事として働いている」
というのが、興味あったらしい。

あのときは、本当に感謝しかありませんでした。

Kさんと彼女

カミンズディーゼルのKさんは、27歳ぐらいで非常にフレンドリーでした。

よく飲みに行ったりしていましたが、ある水曜日?あたり
飲みに行ったのですが彼女を連れてきました。眼の前でイチャイチャしていましたが、不思議と嫌な気持ちにもならずにかなり酒を飲んでいたのですが、問題は翌日

二日酔いで体調が悪かったのですが、いつものようにカミンズディーゼルに仕事に行きました。
すると Kさんから電話 「俺 休むから・・・」
どうやら、前日飲んだ時に彼女とそのまま お泊りにでかけたらしい。

仕方なく、自分で作成したマニュアルどおりにB1900(バロース)を立ち上げ、バッチを起動、伝票を打ち込み、業務終了で シャットダウン

と一人で運用していました。

お陰でマニュアルの問題点などを洗い出すことができ より完成度の高いものになったのです。

思わぬ評価

カミンズディーゼルのマニュアルは、2ヶ月で完成しました。
Mさんのお陰できちんと印刷された一式を渡して 自分は、再びレナウンの仕事に戻ります。

ある日、会社(全商コンピュータサービス)の実質的トップのK専務から呼び出しがかかりました。

「なんか失敗したかな・・・」
と思っていたら

「カミンズディーゼルのマニュアルだけど アメリカの本社から きちんとしたマニュアルができたということで 表彰をうけたそうだ Kさんも喜んでいましたよ」
とお褒めの言葉が・・・

ということで 仕事をほったらかして 専務とA部長で 高級うな重をごちそうになりました。

あれ? それだけ・・・
「金一封とか・・・」

はい ないです。それだけです。

この仕事は大成功でPC-9800を貸してくれたMあんをはじめ カミンズディーゼルのみなさんに深く感謝しています。

Mさんは、毎日曜日付き合ってくれたので迷惑だったかな?
マニュアルが打ち終わったら ゲームとかパソコン談義でそれはそれで楽しかった。

このお陰でMさんの住んでいた寮の先輩方とさらに親しくなったので それはそれでよかったと思います。

全商コンピュータに在籍していた みなさん お元気でしょうか?
よかったら 連絡お待ちしています。

しかし、2ヶ月間 プログラムを組まない生活なんて 正直 暇だったなぁ

次回予告

大失態をやらかしました・・・

次回 【プログラマー物語】 第6話 大失態

お楽しみに

連絡お待ちしています。

あのときのみなさまは、お元気でしょうか?

未だにIT小僧のようにコンピュータ業界で仕事をしている人いるのかな?

この物語で それって 自分だよ という人がいたら連絡下さい。

お待ちしています。

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