SECURITY REPORT
「強そうに見えるパスワード」の正体は、たった 27 ビットだった
生成AIに「安全なパスワードを作って」と頼んだことはありませんか。実はそれ、セキュリティの世界では最もやってはいけない使い方のひとつです。2026年 2月に公開された検証レポートが、その理由を数字で突きつけました。
ZDNET Japan が「AIにパスワードを生成させてはいけない」という記事を掲載し、国内でも話題になりました。元ネタは、AIセキュリティ企業アイレギュラー(Irregular)が 2026年 2月 18日に公開した検証レポート「Vibe Password Generation: Predictable by Design」です。
IT小僧が読んだ限り、これは「AIは信用ならない」という感情論ではありません。大規模言語モデル(LLM)の設計思想そのものが、パスワード生成という作業と根本的に噛み合っていないという、構造の話です。順番に、できるだけ噛み砕いて説明していきます。
結論:AIのパスワードは「見た目だけ」強い
まず結論から。生成AIのチャット画面が返してくるパスワードは、大文字・小文字・数字・記号が混ざっていて、いかにも強そうに見えます。パスワード強度チェッカーにかけると「100ビット相当、解読に数世紀」という高評価すら出ます。
ところが実際の強度を測り直すと、16文字で本来 98ビットあるはずのランダム性が、実測わずか 27ビット程度しかありませんでした。27ビットというのは、約 1億 3千万通り。数十年前のパソコンでも数秒から数時間で総当たりできてしまう水準です。
エントロピー(情報量)とは
パスワードの強さを表す単位で、ビットで示します。20ビットなら約 100万回、100ビットなら 31桁の回数の推測が必要という意味です。1ビット増えるごとに手間が 2倍になるので、98ビットと 27ビットの差は「天文学的な年数」と「コーヒーを淹れる間」ほど違います。
検証結果:50回聞いて、同じ答えが 18回
調査チームは、毎回まっさらな新規セッションで「パスワードを作ってください」とだけ聞く作業を 50回繰り返しました。ここが重要で、会話の文脈は一切引き継いでいません。それでも結果はこうなりました。
| 検証対象 | 50回の生成で観測された偏り |
| アンソロピック社の上位モデル | ユニークな文字列は 30個だけ。同一の文字列が 18回も出現し、出現率は 36パーセント。ほぼ全て大文字 G で始まり、次が数字の 7 |
| オープンAI社の上位モデル | ほぼ全てが小文字 v で始まり、その約半数が次に大文字 Q を置く。使う記号の種類も極端に少ない |
| グーグル社の高速モデル | 約半数が K または k で始まり、続く文字も数種類に集中。文字の出現頻度が大きく偏る |
最も多く出た文字列は、先頭が G7$kL9#mQ2 で始まる 16文字でした。50回中 18回。これは「たまたま」ではなく、モデルが持つ確率分布の癖がそのまま出た結果です。
さらに調査チームは、面白い癖も見つけています。生成された文字列には同じ文字が 2回出てこないのです。本当にランダムなら、16文字中に重複が起きる方が自然です。つまりモデルは「ランダムに見えるように」振る舞っており、ランダムそのものではないということです。
なぜこうなるのか:目的が正反対だから
ここが記事の核心です。理由はシンプルで、パスワード生成器と生成AIは、やろうとしていることが真逆だからです。
| 比較軸 | 正しいパスワード生成器 | 大規模言語モデル |
| 中核となる仕組み | 暗号論的擬似乱数生成器(CSPRNG) | 次に来る単語の確率予測 |
| 目指すゴール | 誰にも予測できないこと | もっともらしく予測できること |
| 文字の出方 | 全ての文字が均等に出る(一様分布) | 学習データに引きずられ極端に偏る |
| 同じ結果の再現 | 事実上ありえない | 高い確率で再現してしまう |
生成AIというのは、突き詰めれば「この文脈なら次はこの文字が来やすい」という確率を計算し続けている装置です。「予測しやすさ」こそが性能そのものなわけです。一方でパスワードに求められるのは「予測できないこと」だけ。性能を上げれば上げるほど、パスワード生成器としては劣化していく、という皮肉な構図になっています。
調査では、ログ確率という内部データを使った別の測定も行われました。ある 20文字の文字列では、15文字目が特定の数字になる確率が 99.7 パーセント。多くの文字は 1ビット未満、つまりコイン投げの結果を当てるより簡単だったのです。
「温度」を上げても直らない
少し詳しい方なら「テンパラチャー(温度)パラメータを上げれば、ばらつきが増えるのでは」と考えるはずです。IT小僧も最初にそう思いました。
調査チームはこれも試しています。温度を上限値まで上げても、結果はほとんど変わりませんでした。10回試しただけで、例の「お気に入りの文字列」が 2回も出てきています。逆に温度を最低値にすると、10回全てが完全に同じ文字列になりました。
ここが重要なポイント
この偏りは設定パラメータではなく、モデルの重みそのものに焼き付いています。だから「もっとランダムに」とお願いしても、設定をいじっても解決しません。プロンプトの工夫で回避できる話ではないのです。
別の調査も、同じ結論に到達していた
実はこの問題、2026年に突然見つかったわけではありません。セキュリティベンダーのカスペルスキーが 2025年の世界パスワードデーに合わせて、同じテーマの調査を公開しています。
同社のデータサイエンス責任者は、主要な 3つのモデルにそれぞれ 1000個ずつパスワードを生成させ、独自の強度判定アルゴリズムにかけました。結果は下表の通りです。
| モデル | 強度不足と判定された割合 | 記号や数字の欠落率 |
| 中国発の新興モデル | 88 パーセント | 29 パーセント |
| メタ社のオープンモデル | 87 パーセント | 32 パーセント |
| オープンAI社のモデル | 33 パーセント | 26 パーセント |
特に興味深いのは、一部のモデルが辞書に載っている単語の文字を似た形の数字に置き換えただけの文字列を返していたことです。これは 20年前から破られ続けている典型的な弱いパターンで、攻撃ツールが真っ先に試す形式です。
手法も時期も研究主体も違う 2つの調査が、独立に同じ結論に達している。これは検証結果としてかなり強い部類に入ります。
怖いのは「頼んでいないのに作られる」ケース
ここからが、IT小僧が一番背筋が寒くなった部分です。
問題は、人がチャット画面で「パスワード作って」と頼む場面だけではありません。コーディングエージェント(AIにコードを書かせるツール)が、開発作業の途中で誰にも頼まれていないパスワードを勝手に作り、設定ファイルに書き込んでいくのです。
これらのツールは、シェルコマンドを実行できる環境を持っています。安全な乱数を使ったパスワード生成など、コマンド一行で終わる作業です。それなのに調査では、複数のエージェントが「簡単な依頼だからツールを使う必要はない」と判断し、自前で文字列をひねり出していました。
しかも挙動は、指示の言い回しひとつで変わります。「生成して」と頼めば安全な乱数コマンドを使うのに、「提案して」に変えただけで自前生成に切り替わったという報告もありました。「セキュアなデータベースサーバを構築して」なら安全な方法を選ぶのに、「データベースサーバを構築して」からの「管理者ユーザを設定して」だと自前生成になる、という例も挙がっています。
利用者は普通、そこまで言葉を厳密に選びません。つまりこれは、運用でどうにかできる問題ではないということです。
すでに世の中に流出している
調査チームが、特定モデルに特徴的な文字の並びをソースコード共有サイトで検索したところ、テストコードや構築手順書の中から実例が多数見つかりました。別のセキュリティ企業が 3400万件のパスワードを分析した追跡調査もあり、AI由来のパスワードは統計的な指紋から判別可能だと報告されています。
総当たり攻撃が「復活」する
16文字以上のランダムな文字列は、真面目に総当たりすれば数百万年かかります。だからこそ攻撃者は昔から、辞書の単語や「よくあるパターン」から優先的に試すという工夫をしてきました。辞書攻撃と呼ばれる手法です。
今回明らかになったのは、「AIが作りがちな文字列」という新しい辞書が成立してしまうという事実です。総当たりの試行順序を、AIの出力確率が高い順に並べ替える。それだけで、本来なら不可能だった攻撃が現実的な時間で完了します。
生成AIがコードの大半を書く時代が来つつある今、これは静かに広がっていく攻撃面(アタックサーフェス)です。しかも、既存の秘密情報スキャナは「弱いパスワードが書かれている」ことを検知できません。文字列としては十分に複雑に見えるからです。
初心者向け:安全なパスワードの正しい作り方
ここからは実践編です。「では、どうやって作ればいいのか」を、パソコンが得意でない方でも今日から使える順に並べます。難しいことは何もありません。
方法 1:パスワード管理ソフトの生成機能(最もおすすめ)
パスワードマネージャーには、必ず生成機能が付いています。しかもその中身は、暗号論的擬似乱数生成器(CSPRNG)という、この用途のために設計された仕組みです。作った瞬間に金庫へ保存されるので、覚える必要も、メモする必要もありません。
定番の選択肢はいくつかあります。無料プランのある製品としては、ビットウォーデンが広く使われています。
有償の高機能な製品を選ぶなら、ワンパスワードが定番です。家族共有などの機能も充実しています。
完全無料のオープンソース製品を好む方には、キーパスという選択肢もあります。まずは無料のものから試すのが良いでしょう。
方法 2:ブラウザやスマホの内蔵機能(設定不要ですぐ使える)
新規会員登録の画面でパスワード欄をタップしたとき、「強力なパスワードを使用しますか」という提案が出た経験はありませんか。あれです。あの提案は、OS やブラウザが持つ安全な乱数機能で作られています。素直に受け入れて構いません。
主要ブラウザとスマートフォンの標準機能なので、追加の費用も手間もかかりません。「まずはここから」という方には、これが現実的な第一歩です。
方法 3:パスフレーズ方式(覚える必要がある場合)
パソコンのログインパスワードなど、どうしても人間が覚えなければならない場面があります。その場合は、無関係な単語を 4語から 6語つなげる方式が有効です。記号を混ぜた短い文字列より、長い単語列の方が実は強くなります。
ただし単語選びを自分の頭でやると偏るので、サイコロを振って単語表から選ぶ「ダイスウェア」という方式が推奨されています。ここでも、人間の頭は乱数生成器として信用されていないわけです。
方法 4:コマンドを使う(開発者や上級者向け)
サーバ管理などで使う場合は、OS が持つ安全な乱数源から直接作るのが確実です。下記は一例です。
openssl rand -base64 24
python3 -c "import secrets; print(secrets.token_urlsafe(24))"
重要なのは、AIコーディングツールに任せる場合でも「必ず安全な乱数コマンドを使うこと」と明示的に指示することです。ただし調査が示す通り、指示だけでは不十分です。生成された設定ファイルを人間の目でレビューする工程を、必ず残してください。
方法 5:そもそもパスワードをなくす(パスキー)
パスキーは、顔認証・指紋認証・端末の暗証番号でログインする仕組みです。パスワード文字列そのものが存在しないので、生成方法に悩む必要も、漏洩する心配もありません。フィッシング詐欺にも構造的に強いという利点があります。
対応サービスはまだ限定的ですが、大手サービスから順に広がっています。対応しているものから切り替えていくのが賢明です。
やってはいけないこと 5選
| やりがちな行動 | なぜ危険か |
| 生成AIに直接パスワードを作らせる | 文字の出方が偏り、他人と同じ文字列になる可能性が高い |
| 既存のパスワードをAIに貼り付けて強度診断させる | 入力内容は事業者のサーバを経由する。現用の認証情報を渡す行為そのものが危険 |
| AIが書いた設定ファイルを中身を見ずに公開する | 頼んでいない弱いパスワードが埋め込まれている場合がある |
| 強度チェッカーの点数だけを信じる | 見た目の複雑さしか測っておらず、生成方法の偏りを検出できない |
| 同じパスワードを複数サービスで使い回す | 1か所の漏洩が全アカウントの陥落に直結する(従来からの基本) |
IT小僧のコラム:もっともらしい間違いが一番厄介
エンジニアの視点として、この件で最も本質的だと感じたのは、調査レポートの結びにあった一文です。要約すると「生成AIは正しく見える出力を作るのが得意だが、セキュリティが要求するのは実際に正しいことである」という指摘でした。
金融システムの世界では、明らかに壊れている障害より、動いているように見えて数字がずれている障害の方がはるかに恐ろしい、というのが常識です。前者は検知系が拾ってくれますが、後者は誰も気づかないまま帳簿に積み上がっていくからです。監査証跡を厳格に残すのも、突き詰めれば「もっともらしい嘘」を後から掘り返すためです。
今回のパスワード問題は、まさに後者です。見た目は完璧に複雑で、強度チェッカーも太鼓判を押す。しかし中身は空っぽ。検知系が全て素通りさせてしまう種類の欠陥です。
そしてもう一つ。この構造は、パスワードだけの話では終わりません。設定ファイル、権限設計、暗号化の選択、監査ログの取り方。「それらしく見えるが実際には安全でない出力」は、あらゆるセキュリティ作業で起こりうると考えるべきです。AIに任せる範囲を決めるとき、判断基準は「AIが上手にできるか」ではなく「間違ったときに誰が気づけるか」であるべきでしょう。
AIは道具として本当に優秀です。IT小僧も毎日使っています。だからこそ、道具の刃がどこを向いているかは知っておきたい。今回の件は、その好例だと思います。
まとめ
1.生成AIが作るパスワードは、見た目は強くても実測エントロピーが 27ビット前後まで落ち込む。
2.原因は設計思想の不一致。予測させる装置と予測させない装置は、目的が正反対である。
3.温度設定やプロンプトの工夫では解決しない。偏りはモデルの重みに焼き付いている。
4.コーディングツールが無自覚に生成するケースが最も危険。生成物のレビューを省略しない。
5.正解は昔から変わらない。パスワード管理ソフト、ブラウザの内蔵機能、そしてパスキー。
「AIに聞けば何でも解決する」という時代の空気の中で、20年前から存在する専用ツールの方が圧倒的に正しい、という結論が出た。個人的には、なかなか味わい深い出来事だと感じています。
まだパスワード管理ソフトを使っていない方は、これを機に導入を検討してみてください。無料で始められて、しかも今回の問題を根本から回避できます。今日できる、最も費用対効果の高いセキュリティ対策のひとつです。
主要参考資料:Irregular 公開レポート「Vibe Password Generation: Predictable by Design」(2026年 2月 18日)
国内報道:ZDNET Japan(2026年)/英文報道:The Register(2026年 2月 18日)
解説記事:CSO Online(2026年 4月)
補足調査:Kaspersky 公式ブログ(2025年 5月)
追跡調査:GitGuardian ブログ(2026年 4月)
