「学校でスマホを禁止すれば成績は上がる」。直感的には正しそうですが、研究はもう少し複雑な絵を描きます。
オーストラリアが2025年12月に始めた“16歳未満SNSアカウント規制”は、子どもの学業とスマホの距離を改めて問う出来事です。
では、スマホを校内から遠ざけると本当に学力は上がるのか。米国の因果推定研究、欧州の追試、そしてPISAが示す「教室のデジタル妨害」の現実をつなぎ、結論を急がずに整理します。
Reuters+2
目次
スマホと成績:結論を急ぐ前に押さえる3つの論点
スマホが学業に与える影響は、だいたい次の3層に分けて考えるとブレにくいです。
① 教室内の“瞬間的な注意散漫”
通知・チラ見・ポケットの存在だけでも集中を切る。PISAでも、授業中に周囲のデジタル機器で気が散る生徒ほど成績が低い傾向が示されています(これは相関ですが、規模が大きい)。 OECD
② 学校外の“総利用時間”が生む間接効果
夜更かし→睡眠不足、運動不足、メンタル不調、翌日の学習効率低下。ここは「学校で禁止しただけ」では総利用時間が減らないケースがあり得ます。 ランセット+1
③ だれに効くのか(分配の問題)
同じ施策でも、もともと自己管理が得意な子には影響が小さく、注意散漫になりやすい子ほど効果が出やすい可能性がある。実際にこの“効き方の偏り”が報告されています。 NBER+3サイエンスダイレクト+3House of Lords Library+3
学校でスマホを禁止すると成績はどう変わるのか?研究の到達点
米国:フロリダの「終日スマホ禁止」でテストスコア上昇(ただし副作用も)
NBERのワーキングペーパー(Figlio & Özek, 2025)は、フロリダの学校でのスマホ禁止がテストスコアの改善につながったと報告しています。NBER Digestの要約では、導入から2年後に「(大規模都市学区で)導入前より有意に高い」とされています。 NBER+2NBER+2
一方で、報道・解説では導入初期に懲戒(停学等)が増えた点も強調されています。つまり「禁止=即ハッピー」ではなく、運用の立ち上げ期には摩擦が起きやすい。 The Hechinger Report+1
忌憚なく言うと、“ルールを紙に書くだけ”では学力向上は買えない。現場の手間(回収、保管、例外対応、違反時の手順)まで含めて初めて政策になる、というタイプの施策です。
英国:試験成績が上がったという有名研究(特に低成績層)
英国のBeland & Murphy(2016)は、複数都市の学校データを用い、スマホ禁止後に高 stakes 試験の成績が改善し、効果はとくに低成績・低所得層で大きいと報告しました。 サイエンスダイレクト+2LP Beland - Economist+2
スウェーデン:追試では「効果なし」も示された
ところが、スウェーデンでの追試研究(Kessel ら, 2020)は、同様の枠組みで検証して成績への影響は見られず、小さな改善すら棄却できると述べています。 サイエンスダイレクト+1
英国(近年の大規模調査):学校の“禁止方針”だけでは成績も幸福度も改善しない可能性
さらに2025年の The Lancet Regional Health – Europe 掲載研究(Goodyear ら)は、30校・約1,227人を対象に、学校の電話ポリシー(厳しい/緩い)と、メンタルや学業などの指標との関連を検討し、**「学校の制限だけでは全体的な利用が減らず、アウトカム改善とも結びつかない」**趣旨を報告しています。大学のプレスリリースも同方向です。 ランセット+1
スマホ禁止は“意味がない”のか?—効く条件はわりとハッキリしている
研究の並びを見ると矛盾だらけに見えますが、現実はたぶんこうです。
スマホ禁止が成績に効くのは、主に「教室内の注意散漫を物理的に消せた」とき。
つまり、ポケットに入れたままの「名目上の禁止」より、回収・ロッカー・封印ポーチなど、目に入らない/触れない設計のほうが理屈に合います(ただしコストとトラブル対応が増える)。欧州でも“より厳格な運用”へ強化実験が進む背景はここです。 Le Monde.fr
そしてもう一つ。
学校の禁止は、放課後の総利用時間を勝手には減らさない。
ここが、Lancetの研究が示した“限界”のポイントで、「学校で抑えても家で増えたら相殺される」ことは起きえます。 ランセット+1
SNS規制(豪州)と「学業」の接点:学校の話より“家庭の設計”が効く可能性
オーストラリアの制度は、学校ではなくSNSプラットフォーム側に年齢制限を求めるものです。狙いは学力だけでなく、いじめ・グルーミング・有害コンテンツ等のリスク低減だと報じられています。 Reuters+2TIME+2
学業の観点で見るなら、期待できるのは主に夜間のSNSだらだら使用の減少→睡眠改善→翌日の学習効率改善という“間接ルート”です。ただし、年齢確認はプライバシーや抜け道(VPN等)も含め、導入期は揺れます。 ガーディアン+2AP News+2
「米国セレブやテック企業の子どもはスマホを使わせない」噂は本当?
**半分本当で、半分は“盛られた神話”**に近いです。
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たしかに、スティーブ・ジョブズが子どものiPad利用を制限していたという有名な証言(NYTインタビュー由来)は繰り返し引用されています。 World Economic Forum+1
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ビル・ゲイツも子どものスクリーン時間やスマホ所持にルールを設けたという報道は複数あります。 Business Insider+1
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ただし、「テックの偉い人はみんな子どもにスクリーン禁止」という話は、ル・モンドが“都市伝説に近い”として検証し、実態は“禁止”より“条件付き・管理・バランス”が多いとまとめています。 Le Monde.fr
要するに、噂の核は「ゼロにする」ではなく、**“早い時期ほど設計する(時間・場所・アプリ・夜間)”**のほうが現実に近い。
忌憚なく:子どもの学業を守るなら「学校に丸投げ」は失敗しやすい
ここまでの研究を踏まえると、私の結論はわりとドライです。
スマホやSNSは、学力を“直接”壊すというより、集中・睡眠・習慣を壊しやすい。だから効く対策も、精神論ではなく設計論になります。学校の禁止はその一部にはなれるけれど、家庭のルールとセットでないと効果が薄い可能性が高い。 ランセット+2University of Birmingham+2
そしてもう一つ、政治的に言いにくい点。
「成績が下がる子ほどスマホに逃げやすい」逆方向も起きます。だから相関だけを見ると議論は永久に揉める。因果推定の研究(NBER/Florida)が貴重なのはそこですが、それでも運用コストや副作用(懲戒増など)を無視すると現場は回りません。 NBER+1