先週連載予定でしたが、緊急事態宣言もあり、急に本業が、忙しくなってしまったため休載してしまいました。
今週から、連載を再開いたします。
今回のシリーズ~プログラマーに歴史ありは、
はじめての大失態 N5200の罠 前編 シリーズ~プログラマーに歴史あり 第五話
と題して、仕事で大成功を収めて勢いづいていた若きプログラマーの大きな大失態の話です。
最後まで読んでいただけたら幸いです。
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目次
アパレル業界に舞い戻る
前回、カミンズディーゼルのマニュアル作りに成功し、なんと米国カミンズディーゼル本社から日本の担当者に表彰を受けたという偉業を達成したわけで、少々「いい気になっていました」
次の仕事は、レナウン そう、アパレルメーカーのレナウンです。
オンワード樫山で一緒だった先輩の一人が、レナウンに出向になり、自分も後を追うようにレナウンの倉庫にあるコンピュータ室勤務となりました。
扱う大型汎用機は、B7900という最新鋭のものでしたが、基本、B6900と同じでした。
しかし、劇的に処理スピードが早くなり、端末(SPOと呼ばれていた)も最新式
しかも、システムは、ほぼ完成されていて、メンテナンス程度しか仕事がない。
もっといえば、申請しておけば夜食なんて「一人暮らし独身男性にとってこれほどありがたい」ことはない。(しかも ほぼ無料に近い費用)
というわけで、格段に仕事が楽になったわけですが、そこに新たな案件が飛び込んできた。
「福島県 喜多方にあるレナウン工場のシステムを構築してほしい」
え? ゼロスクラッチですか・・・・
N5200
新人2年目、しかも単体のプログラムは設計もできていたわけですが、今回は、小さいながらシステムとして完結したものを作成するという案件だった。
そして、大きなハードルが用意されていた。
構築するターゲットマシンは、NEC N5200 というオフィスコンピュータだった。
もちろん バロースの汎用機でしCOBOLしか触ってこなかった経験しかなかったのですが、やらざる得ないように追い込まれていた。
「大丈夫 大丈夫 Kさんがいるから」
Kさんというのは、全商コンピュータの先輩で現在は、岩手に在住しているらしい
ぐらいしか知らなかった。
仕様書は、Kさんが書いた 画面と帳票のスケッチのみ
ここから。ファイル構成から画面からすべて構築しなければならない。
Kさんとは、福島県の工場で合流するという予定になっている。
開発期間は、一ヶ月 かなり厳しいスケジュールである。
そしてもっとも大きな問題は、NEC N5200というコンピュータを知っているひとが、会社はおろか、誰も知らなかったという状況だった。
もちろん、バロースの人に聞くこともできないわけです。
新宿高層ビルで一人きりで開発作業
NEC N5200は、新宿の高層ビルにある事務所の片隅で行うことになった。
はじめて出会うバロース以外のコンピュータ
大きさは、デスクトップのパソコンぐらい、8インチのフロッピーディスクが搭載され、ディスプレイは、カラーモニターだった。
新品らしく、電源を入れたら初期設定画面が出てきて驚いたことも覚えています。
マニュアルと格闘しながら仕組みを理解し、プログラムを組む方法、コンパイルの方法、ファイルシステムの理解、そしてOSの取り扱い方から すべて自力で行うことになりました。
一方、仕様を考えるために作業机を貸してもらい 朝から晩まで仕事を続ける日々が続いたのです。
優しい人達
レナウンの人は、とても協力的でした。
お茶をいただいたり、時には、社販のワイシャツを非常に安い値段で売ってくれたり、靴下も購入しました。
しかし、プログラムはかなり難航しました。
なにより、はじめてのコンピューターとOS 何をどうすればなにが動作するのかすら マニュアルだより。
とはいっても、所詮 オフコン 優しいマニュアルであったことは幸いであった。
※バロースのマニュアルは、微妙な日本語と英語しかなかった。
悪戦苦闘
なれないコンピュータ環境と悪戦苦闘しながら、設計書を書いて 開発は続く、納期は、あっという間にやってくるし、そもそもプリンターの使い方さえわからない。
N5200に搭載されている TOS(正確には、 PTOS)は、汎用機のACOSに合わせるためか、文字コードはEBCDIC、フロッピーディスクは、IBM形式 でも 後から知ったことですが、中身は、CPUが、x86系であった。
分厚いマニュアルを見ながら画面を作成、COBOLでの連携に苦戦、プリンターもそれまでの汎用機の知識など「何の役にもたたなかった」
とりあえず、なんとか 動くものができたのが、出張の前日で試験など一度っきりしかできなかった。
まったくの自信なし、とりあえず、体裁を整えて、出張の準備をした。
行き先は、喜多方ラーメンで有名な福島県 喜多方市
季節は、2月、そう 真冬の福島県 天気予報では、かなりの積雪らしい。
不安を抱え、上野から北に向かう列車に飛び乗り北に向かう。
このときは、まだ気がついていなかった ある重大な問題があったことを・・・
まとめ
今、考えるとかなり無理な案件だったと思う。
今のようにネットもないし、電話も固定電話だけ、仕様書は、スケッチのようなものだけ
もっとも、大畑コンピュータしか経験のない若造にいきなり触ったこともないオフコンのシステムを作らせることは、暴挙でしかなかった。
次回は、思いっきり挫折を味わうわけですが、この案件で自分は、次の道を見つけるきっかけになったと思う。
これがなかったら、いまだに汎用機のお守りをしていたかも知れない。
それはそれで、重要な仕事なのですが、こうしてブログを書くこともなかっただろう。
では、次回
「はじめての大失態 N5200の罠 後編 シリーズ~プログラマーに歴史あり 第六話」
続きをお楽しみに
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