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IT小僧の部屋

プログラマー物語 第6話 大失態

全商コンピュータに入社して3年目の秋、私は大きな失態をしてしまいました。

出向先がレナウン社に変更され 先輩と2人体制で仕事をすることになりました。
これまでのオンワード樫山と違い、システムは完成されていたので正直「暇です」

プログラムを書くこともなく、だらだらと出勤していればお金になるし、しかも会社に入る月の契約料かなり違っていました。

㊟この話は、1986年の体験を元に書かれています。

喜多方の工場システム

ある日、地方の工場でシステム構築の話が持ち上がり、私が担当することとなったのです。
開発マシンはこれまでのバローズ社の汎用機ではなく、NECのワークステーション(当時は、オフコン:オフィスコンピュータの略)です。
Express5?00シリーズでタワー型パソコンのような形状をしていました。
開発場所は、当時、レナウンのオフィスがあった新宿の高層ビルの一室でした。

連日、新宿に通い、レナウンの社員さんの片隅で仕様書を片手に工場の工程管理、在庫管理のプログラムを作成していました。
言語は、COBOL と言っても独自仕様のもので慣れるまで時間がかかりました。

使用者は、全商コンピュータを退社して岩手の実家でシステム関連の仕事をしている大先輩が作成したものでした。

当時、ネットどころか、メールもなし、携帯電話などない時代 仕様書は、郵送して送られてきて、質問は、電話とFAXでやりとりしていました。

システムを組み上げ8インチのフロッピーディスクにコピーして 納品のために工場に出張です。
出張先は、福島県の喜多方市の工場でした。

喜多方市は、ラーメンで有名なところですが、当時は、まだ観光地化されていなくて、のどかな田舎町でした。
工場は、喜多方市の郊外にあり 岩手からの先輩と駅で待ち合わせ。
先輩は、自分のクルマで迎えに来てくれました。
季節は、2月 真冬 茨城県育ちの自分からすると信じられないぐらいの雪景色 もうメチャクチャ寒い

工場につくとさっそくシステムの導入に取り掛かります。

ところが、導入されたばかりのExpress5?00シリーズは、型式も違い、しかも 開発ツールがインストールされていませんでした。

つまり、現地でコンパイルなどができない状態

実行プログラムを持っていったのですが、環境の違いのために途中でエラーが発生して動作不可能

結局、2日間で何も出来ず、先輩が後を引き継ぐということで 撤退です。

「もう少しできるやつだと聞いていたんだけど」

先輩の言葉が突き刺さります。

これまでの自身が一気に崩れ去ります。

東京に帰宅した後、レナウンで一緒に仕事していた先輩からは、

「そりゃ 仕方がないよ」

と言われましたが、立ち直るまでにかなりの時間がかかりました。

次回予告

次のステップに進むべき

次回 【プログラマー物語】 第7話 転職

お楽しみに

連絡お待ちしています。

あのときのみなさまは、お元気でしょうか?

未だにIT小僧のようにコンピュータ業界で仕事をしている人いるのかな?

この物語で それって 自分だよ という人がいたら連絡下さい。

お待ちしています。

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