「独り負けに追い込まれているのはソフトウェア企業」
ブルームバーグは、活況のクレジット市場の中で、ソフトウェア企業のローン価格が目立って下がり、投資家が警戒を強めていると報じました。背景にあるのは、生成AI(記事ではAI『クロード』に触れています)が、これまでソフト会社が提供してきた価値を“別の形”に作り替えてしまうのではないか、という恐れです。
ただしこれは「明日ソフト産業が消える」という話ではありません。
むしろ、価値の中心が“ソフトウェアそのもの”から“AIが動く土台やデータ・運用”へ移ることで、これまでの勝ち方が通じにくくなる、という構造変化の話です。
目次
なぜ“株”ではなく“借金の市場”が先にざわつくのか
株価は期待で上下しますが、クレジット市場(社債やローン)はもっと生々しく、「この会社は将来もキャッシュを生んで、利息と元本を返せるのか?」を見ます。
ブルームバーグが取り上げたのはまさにそこです。市場全体に陶酔感がある局面でも、ソフトウェア企業の一部の債務だけが売られ、ローン価格が下がっている。つまり投資家は、ソフト企業の将来の稼ぐ力に“疑いの目”を向け始めている、ということです。
では、なぜ疑われるのか。ポイントは「AIが便利になった」ではなく、ソフトウェアの利益の出し方そのものが揺れている点にあります。
投資家が恐れる「ソフトの利益モデル崩壊」3つの筋書き
“機能の価値”が薄くなる:AIが「機能」を飲み込む
従来のSaaSは、会計、営業、カスタマーサポート、分析など、業務の一部を切り取って「この機能が便利です」「だから月額で払ってください」というモデルでした。
ところが生成AIが進むと、ユーザーは画面を開いてボタンを探すより、AIに「これやって」と頼むようになります。すると価値は、個別アプリの“画面や機能”から、AIが業務を完了させるワークフローへ移ります。
投資家が怖がっているのは、ソフト会社の機能が「AIの返答の裏側の部品」に落ちることです。部品になれば価格交渉力が弱くなり、月額課金の伸びが鈍りやすい。ブルームバーグが示す“不要論”は、この方向への警戒です。
“スイッチングコスト”が下がる:乗り換えが簡単になる
SaaSの強みは、一度入れたら簡単にはやめられない(業務が依存する)点でした。ところがAIが、データ移行や連携設定、定型業務の置き換えを助けると、企業側は「高いソフトを使い続ける理由」を再計算しやすくなります。
この変化は、売上がゆっくり減るタイプの痛みではなく、更新時に一気に縮む痛みとして表れます。クレジット市場が嫌うのは、まさにこういう“急に悪くなる可能性”です。
“価格決定権”が移る:ソフトからAIプラットフォームへ
もう一つの恐怖は、力関係の変化です。AIが業務の入口を握ると、最終的に強くなるのは「AIを動かすプラットフォーム側」です。
たとえばSiriや検索、業務チャット、ブラウザ、OSのような“入口”がAI化すると、SaaSはその下にぶら下がる存在になります。入口側が「この機能はAIで無料で提供します」と言い始めたら、従来型SaaSは値付けが難しくなります。
これが投資家の言う「独り負け」の正体で、AIブームで儲かっている企業があるほど、逆側(従来型ソフト)が相対的に苦しくなる、という構図です。
それでも「ソフト産業が消える」は言い過ぎな理由
ここまで読むと悲観的ですが、私は「終焉」というより “ソフトの定義が変わる” と見る方が現実的だと思います。
なぜなら、AIが普及するほど必要になるものが増えるからです。
まず、AIは勝手に安全に動きません。企業は、情報漏えい、誤回答、著作権、監査対応、ガバナンスなどの問題を抱えます。その結果、AIを安全に使うためのソフト(権限管理、ログ監査、データ保護、評価・モニタリング)が重要になります。
また、AIを本当に業務に入れるには、データの整備、業務フローの再設計、運用体制が必要で、ここは“人とシステムの接続”の世界です。AIだけで完結しづらい。だからこそ「全部いらなくなる」より、「価値が移動する」と考えた方が自然です。
つまり、投資家が言う“不要論”は、従来の収益モデルのままのソフト企業が危ないのであって、ソフト産業全体が消える、とは別の話です。
日本のソフトウェア産業はどうなるのか
ここからが重要です。欧米の議論が「SaaSの評価が下がる」「AIで置き換わる」という話なら、日本は少し構図が違います。日本の弱点は昔から “ソフトが足りない” ことだからです。
IPAの資料では、日本企業の多くでDXを推進する人材不足が指摘され、DX推進人材が不足している企業割合が非常に高い、という問題意識が示されています。
この現実を踏まえると、日本の未来は二つに分かれます。
悪いシナリオ:AIで“開発外注”がさらに固定化し、競争力が落ちる
AIは「作るのを簡単にする」道具です。ところが組織に開発文化がないと、AIは逆に「発注がさらに簡単になる」だけで終わります。
つまり、仕様を固め、受託に投げ、完成品を納品してもらう、という形が残りやすい。これだとノウハウが社内に溜まらず、AI時代の変化に追従できません。人材不足のまま、意思決定だけが遅くなります。
良いシナリオ:AIが“人材不足の壁”を壊し、内製化が進む
逆に、AIは日本が抱える「人が足りない」を埋める強力な道具にもなり得ます。
現場が小さな改善ツールを自作できるようになれば、内製化のハードルは下がります。日本は製造業や現場改善の文化が強いので、ここにAIが入ると、**“現場が自分で作る”**方向に伸びる可能性があります。
重要なのは、AIを導入することより、人材育成と権限設計です。OECDも日本の労働市場・職場におけるAI活用とスキル変化を論じており、結局は「教育・訓練」「スキル移行」の設計が勝敗を分けます。
日本のソフト企業が勝つ“現実的な勝ち筋”
最後に、初心者向けに一言でまとめるとこうです。
日本のソフト産業は「終わる」より、**“二極化する”**可能性が高い。
AIで簡単に複製できる機能(単体アプリの便利機能)だけを売る会社は厳しくなりやすい。一方で、データ、運用、業界特化、規制対応、現場導入まで含めた会社は強くなる。
とくに日本は、医療、金融、製造、行政など、現場と規制が絡む領域が多いので、ここは「AIがコードを書ける」だけでは置き換わりにくい。AI時代のソフトの価値は、**“作る”より“使い続けられる形に整える”**側へ移ります。
参考にした主な情報
Bloomberg(元記事:ソフト業界「独り負け」論)
https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2026-01-31/T9QWV6KGZAIO00?srnd=jp-technology
Bloomberg記事の国内掲載(TBS NEWS DIG)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/withbloomberg/2438551
Bloomberg Opinion(プライベートクレジットとソフトへのショック)
https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2026-02-02/private-credit-is-headed-for-a-software-shock
WebProNews(ソフトウェア株の下落とAI懸念)
https://www.webpronews.com/ai-shadows-software-sectors-bear-plunge-despite-earnings-beats/
Barron’s(米ソフト企業の株価急落・AIとの関連)
https://www.barrons.com/articles/servicenow-adobe-ai-software-stocks-e84d3012
Financial Times(SAPのクラウド成長への懸念)
https://www.ft.com/content/9a8eddbb-9307-43cb-886c-9c94be46e890
IPA「DX推進に必要なデジタル人材」(DX2025)
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/discussion-paper/dx2025_digital_talent_ai_era.html
OECD「日本の労働市場とAI活用・スキル移行」
https://www.oecd.org/en/publications/artificial-intelligence-and-the-labour-market-in-japan_b825563e-en/full-report/ai-use-in-the-japanese-workplace_faf178d2.html
Fitch Ratings(ソフト企業の金利環境とAIリスク)
https://www.fitchratings.com/research/corporate-finance/us-pe-owned-software-firms-see-interest-rate-relief-amid-ai-risks-10-10-2025