欧州連合(EU)が設けた巨大プラットフォーマー規制「Digital Markets Act(DMA)」を巡り、Apple がついに“全面撤廃要求”の姿勢を見せています。
AirPods のライブ翻訳機能、iPhone の画面ミラーリングなど、EU 向け機能が次々と遅延していると Apple は主張
「サードパーティのアプリ市場・支払い方法を開放させられれば、マルウェアやプライバシー侵害のリスクが高まる」
この主張はどこまで通用するのか? 一歩も引かない EU と、アップル帝国の新たな緊張を、欧米報道をもとに読み解き、日本のスマホ・規制環境への示唆も交えて追います。
目次
DMA(デジタル市場法)とは何か?──目的と枠組み
-
DMA は、オンラインプラットフォームの「門番 (gatekeeper)」規制を強化するため、独占的な支配力を持つ企業に対し一定義務を課す法律として、2022 年に導入されました。
European Commission -
主な義務例:
・サードパーティアプリの導入許可(サイドローディング)
・アプリ内支払い手段の選択自由化
・OS やプラットフォーム間の相互運用性強化
・開発者に対するアクセス義務(API 開放など)
・反競争的慣行 (anti-steering、差別的優遇など) の禁止
これらの目的は、競争を促進し、消費者・開発者の選択肢を拡げることにあります。
European Commission+2Open Web Advocacy+2 -
違反した場合、世界年間売上の最大 10 % を罰金として科せられる可能性があります。
MacRumors+3The Verge+3AP News+3
Apple の反撃:DMA を“ユーザー安全・プライバシー破壊法”と呼ぶ理由
Apple 側は最近、非常に強い主張を展開しています。主な論点と報道を整理します。
機能遅延と影響
-
Apple は、DMA の互換性義務(非 Apple 製品との連携対応など)により、欧州において AirPods のライブ翻訳機能、iPhone ミラーリング機能、Maps の位置ベース機能 などが遅延または停止していると主張
9to5Mac+4Reuters+4The Verge+4 -
Apple の公式見解では、これら機能の開発において、非 Apple 機器と同等のセキュリティを担保するための追加技術開発が必要との説明もなされています。
Apple+2Apple Developer+2
プライバシー・セキュリティリスク
-
DMA によるサイドローディング(公式 App Store 以外からアプリをインストールできるようにする義務)やサードパーティ決済の導入義務は、マルウェアやフィッシング詐欺リスクを拡大すると Apple は警鐘を鳴らしています。
9to5Mac+4Reuters+4Apple+4 -
Apple は、公式に “Complying with the DMA” 文書で、「DMA が導入する選択肢は、ユーザーに新たな脆弱性をもたらすかもしれない。完全にはリスクを排除できない」ことを認めています。
Apple Developer -
また、Apple は「EU ユーザーに提供するセキュリティ保護が、非欧州地域と差が出る可能性」を警告しています。
Apple Developer+1
抗議・撤回要求
-
Apple は、EU に DMA の全面撤廃または大幅修正を要求する立場を取っています。Computerworld+3AP News+3フィナンシャル・タイムズ+3
-
一部報道では、Apple は EU での販売停止も示唆しており、圧力戦略として法的・市場戦略をちらつかせています。ガーディアン+2Upi+2
EU の反論と姿勢:規制堅持の構え
EU 側・欧州委員会の反応・立ち位置、そして交渉余地を見てみます。
-
欧州委員会は、Apple の要求に対し「DMA は競争を促す目的で制定されたものであり、撤廃の選択肢はない」と明言
9to5Mac+1 -
委員会報道官は、Apple が DMA に関するあらゆる部分に僅かな差異でも異議を唱えてきたと批判。「協議を試みたが、Apple 側が撤廃を要求してきた」と語る。
9to5Mac -
過去には Apple に対して €500 million の罰金を科すなど、法執行能力を実証してきました。
The Verge+2AP News+2 -
また、欧州委員会は DMA のレビューを実施中で、AI 時代や新技術潮流への対応を含めた改編も議論の俎上に。
Reuters+2TechCrunch+2 -
EU は DMA を通じ、「門番企業」の力を抑えつつ、より開かれたエコシステムを目指す戦略的意図を持っています。
European Commission+2Open Web Advocacy+2
勝負を分ける論点:勝算・障壁
この Apple vs EU の対決で、決定的な勝敗を左右しそうなポイントを考察します。
論点 | Apple 有利となる可能性 | EU 側有利となる可能性 |
---|---|---|
技術実装コスト | Apple は自社最適化プラットフォームを内部で調整可能で、追加工数はあるが対応可能 | 相互運用性をすべての “Gatekeeper” に課すならコストは広範。EU の要求妥協が弱点になる可能性 |
訴訟/司法判断 | Apple は法務リソースを総動員でき、大規模訴訟を仕掛けられる | EU 法体系・CJEU(欧州司法裁判所)の判例力とドミナンス規制の正当性を盾とできる |
市場撤退脅しの実効性 | 市場喪失で反発が出れば撤退戦略は逆効果 | EU 市場の重要性を Apple が無視できない点が交渉優位 |
ユーザー支持・ブランドイメージ | “Apple の安全性” を訴求し、リスク論を利用できる | “消費者・開発者の選択肢” を訴える民主的正統性を持つ |
国際規制拡散 | Apple は他地域で DMA 類似法の波及を抑える圧力をかけやすい | EU 規制がモデルケースになれば、他国で同様制度が導入され得る |
現実的には、完全撤廃は難しいと思われますが「一部改正」や「特例措置」の妥協部分が鍵になるでしょう。
日本における影響と現状
最後に、日本市場・規制環境への影響と対応を簡単に。
-
日本には現状、欧州のような包括的な DMA 相当の法律は存在しません。ただし、公正取引委員会・総務省がデジタルプラットフォーム規制を模索しており、プラットフォーマー規制の議論は活発化。
-
日本の Apple 製品ユーザーは、EU のような機能遅延・相互運用義務の対象外であるため、差別状態が生じる可能性もあり、日本ユーザー向けに機能の“先行提供”など差別化戦略が取られることが予想されます。
-
また、国内キャリア・アプリマーケットの構造が EU ほど閉じられていないため、法改正余地はあるものの、導入は慎重な展開になるでしょう。
-
日本のメディアや消費者はこの論争をまだ十分に報じておらず、いずれ “欧州・Apple 戦争” の波及が日本にも影を落とす可能性があります。
結論・展望
Apple と EU の DMA を巡る対立は、単なる企業–規制の争いを超えて、プラットフォーム主権・ユーザー安全と開放性のバランスを問う大規模な構図です。Apple が主張するような安全リスク論は、部分的に技術的正当性を持つ可能性がありますが、EU 側は「競争抑制を是正するという理念」が根幹にあります。
最終的には、DMA の全面撤廃ではなく、修正条項・例外措置 で落としどころを探る妥協案が現実的でしょう。Apple が EU 市場から退出するリスクは大きく、両者は互いに譲歩なしでは立ち行かないはずです。
この争いが示すのは、2020年代以降のデジタルプラットフォームの在り方を決める試金石。日本を含めた世界各国が注視すべき戦いです。