「自分のメールとパスワード、もしかして狙われた?」── 2026年6月23日、そんな不安が一気に広がりました。KDDIが、インターネット接続事業者向けに提供しているメールシステムへの不正アクセスを公表し、最大1422万件のメールアドレスとパスワードが外部に漏えいした可能性があると発表したのです。
対象となったのは、ニフティのメールサービスや、ビッグローブのメールサービスなど、複数の事業者が手がける合計6つのサービス。解約済みのアカウントや、長く使っていない休眠アカウントまで含まれるといいます。原因は、システムに使われていた第三者製ソフトウエアの脆弱性(ぜいじゃくせい)を突かれたこと。なお同社の発表では、auやUQ mobileのメールは別の仕組みで動いているため影響はない、とされています。
この事件が突きつけたのは、ひとつの不都合な事実です。「メールアドレスとパスワードの組み合わせ」が外に出てしまったとき、本当に怖いのは 同じパスワードを別のサービスでも使い回しているケース だということ。そしてもうひとつ、そもそも 推測されやすい弱いパスワード を使っていると、漏れる前から危険にさらされている、ということです。
折しも今は、サッカーのワールドカップで世界が盛り上がる季節。実はこのタイミングで、「やってしまいがちな、とんでもないオウンゴール」について、興味深い調査結果が出ています。今回はこの話題を入り口に、あらためてパスワードの守り方を整理していきましょう。
「推しチームの名前」を入れたパスワードは世界中にあふれている
セキュリティ企業のExpressVPN(エクスプレスVPN)が、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・スペイン・オーストラリアの6カ国で、サッカーファン6000人(各国1000人)を対象に調査を行いました。すると、回答者の およそ4人に1人 が、パスワードにサッカー関連の情報を使っていると認めたのです。
クラブ名、好きな選手の名前、背番号、優勝した年。どれも本人にとっては忘れにくく、入力もしやすい「覚えやすさの宝庫」です。けれど、覚えやすいということは、裏を返せば 他人にも推測されやすい ということ。スタジアムで叫ぶほど好きなチーム名を、そのままログインの鍵にしてしまう ── これがまさに、自陣ゴールにボールを蹴り込む「オウンゴール」というわけです。
しかもSNSをのぞけば、誰がどのチームのファンかは一目瞭然。攻撃する側にとっては、狙いを絞るためのヒントが本人の手で公開されているようなものです。これはサッカーに限った話ではなく、好きなアイドル、ペットの名前、出身地など、「自分を表す身近な言葉」すべてに当てはまります。
なぜ「Messi」や「Liverpool」は一瞬で破られるのか
固有名詞を含むパスワードがもろい理由は、攻撃の手口にあります。代表的なのが 辞書攻撃 と呼ばれる方法です。これは、よく使われる単語や名前を膨大なリストにまとめておき、片っ端から自動で試していくやり方。人気選手やクラブ名は、当然このリストに入っています。
調査に関わった専門家は、ある強豪クラブを例にこう説明しています。主力選手の名前に記号や数字を少し足した「ありがちな変形パターン」を数千通り用意して試すだけで、膨大な数のパスワードが ほんの一瞬で言い当てられてしまう ── と。人間が「ひとひねり加えたつもり」のパターンは、機械にとっては想定内なのです。
さらに過去には、あるサッカークラブのファン情報を含むデータが、ネット上で誰でも見られる状態になっていた例も報告されています。実在するメールアドレスの一覧が手に入れば、攻撃する側にとっては「本物のファンの名簿」を入手したのと同じこと。なりすましメールの標的リストとして悪用されかねません。
使ってはいけないパスワード ── NGワード早見表
「サッカー用語が危ないのは分かった。では、ほかに何がダメなのか?」── よくやりがちな「弱いパスワード」を、理由とあわせて一覧にしました。心当たりがあるものは、この機会にぜひ見直してください。
| 避けたいパスワードの例 | なぜ危険なのか |
| クラブ名・選手名・背番号 | 辞書攻撃の定番。SNSの投稿からファンであることが特定されやすい |
| 誕生日・記念日(19850312 など) | 身分証やSNSのプロフィールから割り出されやすく、桁数も限られる |
| 名前・ペット名・出身地 | 本人が公開している情報で組み立てられる。家族の名前も同様 |
| 連番(123456 など) | 世界で最も使われている弱いパスワードの代表格。真っ先に試される |
| キーボード配列(qwerty など) | 「ランダムなつもり」でも、攻撃側の試行リストに最初から載っている |
| そのものずばりの英単語(password など) | 辞書に載っている単語は、長くても単独では弱い |
| 短いパスワード(8文字未満) | 総当たりで力ずくに破られる。文字数が増えるほど解読は急激に難しくなる |
※ 上の例はあくまで「やりがちな悪い例」です。実際にこのまま使わないでください。理想は12文字以上、できれば意味を持たないランダムな文字・数字・記号の組み合わせです。
本当に怖いのは「使い回し」── 1つ漏れれば芋づる式
弱いパスワード以上に深刻なのが、同じパスワードを複数のサービスで使い回す ことです。冒頭のメール漏えい事件が、まさにこの危険を浮き彫りにしました。
考えてみてください。あるメールサービスのパスワードが外に出てしまったとします。もしそのパスワードを、通販サイトや証券口座、SNSでも同じものにしていたら ── 攻撃する側は、流出した組み合わせを別のサービスで次々と試すだけで、芋づる式にアカウントを乗っ取れてしまいます。これは「パスワードリスト型攻撃」と呼ばれ、最も多い被害パターンのひとつです。
先ほどのサッカーファン調査でも、過去にパスワードを共有したことがある人のうち、およそ44% が「そのパスワードを別のアカウントでも使っていた」と答えています。つまり、ひとつの鍵が、家中のドアすべてに刺さる「マスターキー」になってしまっているのです。
とくに注意したいのが メールアカウント です。メールは、他サービスのパスワード再設定の通知が届く「鍵の受け取り場所」。ここを乗っ取られると、ほかのアカウントまで芋づる式に再設定され、被害が一気に広がります。だからこそ、メール系のパスワードは最優先で見直す必要があります。
「全部のサービスに別々のパスワードなんて、覚えきれない」── その通りです。人間の記憶力には限界があり、だからこそ多くの人が使い回しに逃げてしまう。ここで発想を切り替えましょう。覚えるのをやめればいい のです。
ではどうする? ── パスワード管理ツールという現実解
そこで頼りになるのが、パスワードマネージャー(パスワード管理ツール)です。代表的なものに 1Password があります。仕組みはシンプルで、サービスごとに長くてランダムな強いパスワードを自動で生成・保管してくれて、ログインのときには自動で入力してくれます。
利用者が覚えるのは、金庫を開けるための「マスターパスワード」ただひとつ。あとは中身を管理ツールに任せられます。これなら、サービスごとにまったく違うパスワードを使っても、記憶の負担はゼロに近づきます。多くの管理ツールには、登録したパスワードが過去の漏えいに含まれていないかを点検したり、使い回しを警告したりする機能もそなわっています。
| できること | うれしいポイント |
| 強いパスワードの自動生成 | 人間には思いつけないランダムな文字列を一瞬で作れる |
| 暗号化された金庫で一括保管 | 覚えるのはマスターパスワード1つだけでよい |
| 自動入力 | 入力の手間が減り、偽サイトに打ち込む事故も防ぎやすい |
| 使い回し・漏えいの点検 | 危ないパスワードを教えてくれて、優先順位をつけて直せる |
「専用ツールを入れるのはちょっと…」という方は、まずはブラウザやスマートフォンに標準でついているパスワード保存機能から始めるのも手です。大切なのは、サービスごとに違う、強いパスワードを使う という状態をつくること。その仕組みを、自分の記憶力ではなく道具に任せることです。
今日からできる対策チェックリスト
✓ メール系のパスワードを最優先で変更する(鍵の受け取り場所だから)
✓ 同じパスワードを使い回しているサービスは、すべて別々に変える
✓ クラブ名・誕生日・名前など「身近な言葉」を鍵に使わない
✓ 重要なアカウントには多要素認証(たようそにんしょう、MFA)を追加する
✓ パスワード管理ツールを導入し、覚える負担を道具に任せる
✓ 「パスワードを変更してください」という不審なメールは、リンクからではなく公式サイトをブックマークから開いて確認する
― IT小僧コラム ―
「覚えやすさ」は、もう美徳ではない
エンジニアの視点で言わせてもらうと、「忘れないパスワード」という発想そのものを、そろそろ卒業したほうがいい。覚えられるパスワードは、結局のところ人間が想像できる範囲の言葉です。そして攻撃する側の道具は、人間の想像力を機械の速度で先回りしてきます。
推しチームの名前を鍵にする気持ちは、よく分かります。誕生日を使ってしまうのも、人情です。でも、その「親しみ」こそが弱点になる。今回のメール漏えいのように、土台となる仕組みが破られれば、利用者が一斉に巻き込まれる時代です。自分の鍵がいくつのドアを開けられるのか ── 一度、棚卸ししてみてください。
パスワードを「頭で覚える」時代は終わりました。これからは「道具に守らせる」時代です。ワールドカップでオウンゴールを決めないように ── デジタルの世界でも、自陣にボールを蹴り込むのはやめにしましょう。
まとめ ── 守りの基本は「使い回さない」「身近な言葉を使わない」
大きなメール漏えい事件と、サッカーファンの調査。一見すると無関係な2つの話題ですが、教訓はぴたりと重なります。身近で覚えやすい言葉をパスワードにしない。そして 同じパスワードを使い回さない。この2つを守るだけで、被害に遭うリスクは大きく下がります。
そのための一番の近道が、パスワード管理ツールを使うこと。覚える努力は道具に任せて、私たちは「マスターパスワード1つ」と「重要アカウントの多要素認証」だけをしっかり守る。これが、今のいちばん現実的な守り方です。
ワールドカップで世界が沸くこの夏。声援はスタジアムへ、パスワードには別の鍵を。あなたの大切なアカウントが、つまらないオウンゴールで失われないことを願っています。