富士通が提供した会計システム「Horizon(ホライゾン)」を起点に、英国で長年にわたり“帳簿の不足=現場の横領”と決めつける訴追が続き、人生を破壊された人が多数生まれた
それが英国郵便局スキャンダルだ。いま事件は「冤罪の清算」だけでなく、「誰が、何を知り、なぜ止められなかったのか」という責任追及の段階へ進みつつある。
2025年末には英警察が“法人致死”にあたる罪での訴追可能性まで検討していると報じられ、局面が変わり始めた。 Sky News+2ITVX+2
目次
事件の骨格:「エラーが出た。だから現場が盗んだ」になってしまった
Horizonは、郵便局の窓口業務と会計を支える中核システムとして導入された。
一方で、Horizonが作る数字は絶対だという前提が組織内に固まり、現場が「お金が合わない。システムの不具合では」と訴えても、疑いの矛先は利用者側へ向いた。結果として、会計上の不足(shortfall)を“横領・不正”と扱う訴追が連鎖し、後に大規模な冤罪として問題化する。
公的調査報告は、導入以前から「実在しない損益(illusory losses/gains)」を生みうる欠陥が関係者に認識されていたことを示している。 Post Office Horizon IT Inquiry
ここが本件の第一の教訓だ。ITは現場の事実を写す鏡のはずが、鏡が歪んだとき、組織が「鏡が正しい」と信じ込めば、現実の人間が“誤り”にされてしまう。
なぜ“冤罪の量産”が長期化したのか:技術・組織・司法が噛み合ってしまった
深刻なのは、単発の障害事故ではなく、長期にわたって同型の被害が拡大した点だ。背景には大きく3つの噛み合わせがある。
第一に、技術の非対称性。利用者は自分が入力した取引を追跡し切れず、システムが出す結果だけが“判定”として突き付けられる。第二に、組織の非対称性。郵便局側は「システムは堅牢」という物語を維持するほど、訴追の正当性と組織防衛が強化されてしまう。第三に、司法・手続き面の非対称性で、技術の詳細が法廷で十分に吟味されないまま“コンピュータ証拠”が強く働くと、個人側が不利になる。
この構図を象徴する論点の一つが、Horizon端末へのリモートアクセスや、訴追を支えたデータ提供の扱いだ。
英国議会の議事録では、富士通側が訴追支援のためのデータ提供(ARQ data)に関わった点や、システムの欠陥・リモートアクセスをめぐる指摘が言及されている。 hansard.parliament.uk
さらに、公的調査関連資料でも、捜査・訴追の文脈でリモートアクセスの運用が語られている。 Post Office Horizon IT Inquiry
転機:公的調査(Inquiry)と「補償」の巨大化
転機は、被害者側の粘り強い追及と世論の高まりを背景に、国家レベルの検証と救済が動いたことだ。
2025年7月には公的調査(Post Office Horizon IT Inquiry)の報告書(Volume 1)が公表され、人間への被害と補償の遅れ、組織の対応の問題が整理され、政府・郵便局・富士通に対して勧告と期限付きの対応要求が提示された。 Post Office Horizon IT Inquiry+1
補償については、政府が進捗データを公開しており、2025年11月末時点で支払総額と対象者数が「10,000人超・約13億ポンド規模」に達していることが示されている。 GOV.UK
ここで重要なのは、金額の大きさだけではない。
被害の性質が、単なる金銭的損失にとどまらず、人生の信用・健康・家族関係まで破壊した点にある。公的調査や報道では、自死との関連が指摘されるケースも取り上げられている。 The Guardian+1
富士通の立ち位置:謝罪と協力、そして“これからの負担”
富士通は公式声明で被害者への謝罪と、調査への協力姿勢を表明してきた。 富士通
また、2025年7月の報告書(Volume 1)公表に際しても、富士通UK側が声明を出し、勧告の検討や「自社の役割への遺憾」を述べている。 富士通+1
加えて、英政府と富士通の間で、救済(redress)に関する共同声明が出されている点も、いま事件が“社会的清算フェーズ”にあることを示す。 GOV.UK
ただし、社会がいま見ているのは「謝罪したか」だけではない。「いつ、何を把握し」「どの判断が被害を拡大させ」「どこまで補償負担を負うのか」、そして「同種のIT統治の失敗をどう防ぐのか」だ。
新たな局面:英警察が“法人致死”での訴追も検討
そして、あなたが挙げた日経クロステック記事の文脈につながる“最新の動き”がここだ。
2025年12月、英警察の捜査(Operation Olympos)が、従来焦点とされてきた偽証や司法妨害に加えて、法人過失致死(corporate manslaughter)や重大な過失致死(gross negligence manslaughter)相当の観点も検討していると報じられた。 Nippon+3Sky News+3ITVX+3
同時期の報道では、捜査対象が「容疑者8人、関心対象53人」といった規模感に触れられており、刑事責任の追及が“個人の不正”というより、“組織的な判断や文化”へ視線を移し始めていることが読み取れる。 computerweekly.com+1
日本側報道でも「業務上過失致死などで訴追検討」として伝えられており、国境を越えて企業責任の問題として受け止められている。 Reuters Japan+1
現在の状況を一言でいうと:「救済は進むが、清算は終わっていない」
2026年初の見取り図はこうなる。補償はデータ上、巨額かつ広範に進んでいる一方で、個別の算定や手続きの遅れ・不満は残りやすい。 GOV.UK+1
公的調査はVolume 1が出た段階で、次の報告(より構造的な失敗の解剖)へ進む流れにある。 Post Office Horizon IT Inquiry+1
刑事捜査は、検討罪名の“重さ”が一段上がったが、実際の訴追判断や立証は別問題で、長期化する可能性が高い(資料量と関係者範囲が大きすぎるため)という見方が業界紙などで語られている。 computerweekly.com+1
今後の見通し:焦点は「責任の確定」と「ITガバナンスの再設計」
今後の注目点は、(1) 刑事としてどこまで立件されるか、(2) 補償の“完了”がいつどんな形で見えるか、(3) 政府・公共サービスにおけるIT調達と運用の統治がどう変わるか、の3つだ。
特に(3)は、日本の基幹システム更改の失敗が続く構図とも地続きで、「ブラックボックス化した基幹」「ベンダーと発注側の力学」「現場の異議申立てが握り潰される文化」が揃うと、障害が単なる障害で終わらず、組織的被害に変質する。Horizon事件は“最悪の形”を世界に提示してしまった、と言える。
参考にした主な情報源(英国・公式・日本語報道)
英警察の訴追検討(Operation Olympos、法人過失致死等): Nippon+3Sky News+3ITVX+3
公的調査報告(Volume 1、公式サイト): Post Office Horizon IT Inquiry+2Post Office Horizon IT Inquiry+2
補償の支払い状況(英国政府データ): GOV.UK
富士通の公式声明・英政府との共同声明: 富士通+2GOV.UK+2
日本語での市場・国内報道の例(ロイター等): Reuters Japan+1