基幹システムの刷新は、いまや「やるか、やらないか」ではなく「どうやって失敗せずにやり切るか」が問われるテーマになりました。
日経クロステックが報じた、有価証券報告書の分析による“70社超・累計1200億円超”という数字は、基幹更改が一部の不運な炎上ではなく、日本企業に共通する構造問題であることを示しています。
出荷停止や納期遅延といった現実の痛みが表に出る前に、なぜ失敗が起き、どう設計すれば回避できるのか。事例と原因をたどりながら、現場が明日から取り組める対策まで整理していきます。
目次
なぜ日本の「基幹システム更改」は失敗が続くのか――“1200億円”が示す構造問題
「基幹系などのシステム開発で問題を抱え、決算で1億円以上の損失を計上した企業が、2020年以降の約5年で70社超。損失の単純合計は1200億円超」――日経クロステックの記事は、こうした有価証券報告書分析を根拠に、基幹刷新の難しさが“数字”として可視化された点が衝撃です。はてなブックマーク
しかもこれは、炎上した案件だけの話ではありません。会計上「減損」「除却損」などの形で表に出た“確定損失”であり、現場の疲弊、機会損失、ブランド毀損まで含めれば、実害はさらに大きくなります。
では、なぜ日本で失敗が続くのか。ポイントは「技術の難しさ」よりも、「組織の意思決定と設計の仕方」に失敗のタネが埋まっていることです。
失敗の典型例が示した“止まり方”――出荷停止・納期遅延は他人事ではない
近年の象徴的な事例として、ERP刷新や基幹切替を契機に、物流・受発注が大きく影響を受けたケースが報じられています。
江崎グリコはSAP S/4HANAへの切替をきっかけに業務影響が表面化し、「ベンダーのせい」に回収しがちな空気に対しても、企業側の設計責任やガバナンスの論点が指摘されました。ITmedia+1
またユニ・チャームでも、刷新後に新基幹と物流のデータ連携で不具合が起き、納期遅れにつながったと報じられています。ダイヤモンド・オンライン+1 さらに同社のIR資料でも、国内の基幹トラブルの影響として物流費などの増加が言及されています。ユニチャーム
ここで重要なのは、「システムが落ちる」より先に「業務が止まる」ことです。基幹更改の失敗は、ITの問題に見えつつ、実際にはサプライチェーンや販売現場を直撃します。
失敗が増える“土壌”:2025年の崖が“刷新を急がせる”一方で、成功条件は厳しい
日本では以前から、経産省のいわゆる「2025年の崖」文脈で、レガシー放置が大きな経済損失につながり得るとされ、刷新が半ば“期限付きの宿題”になりました(最大で年12兆円規模という説明が広く流通)。NTT+1
一方で、刷新を急ぐほど、要件・移行・教育・切替の設計が粗くなり、炎上確率が上がる。つまり「急がねばならない」圧力と、「急ぐと失敗する」現実が正面衝突しやすい構図です。
なぜ失敗するのか:日本の基幹更改で起きやすい“7つの構造要因”
経営が“自分ごと化”できないまま、現場とベンダーに分離される
基幹刷新は、会計・販売・物流・購買・製造など“会社の骨格”を触ります。にもかかわらず、意思決定が遅れたり、責任境界が曖昧なまま進むと、要件のブレが雪だるま式に膨らみます。経営の関与と意思決定が不可欠だ、という指摘は繰り返し出ています。東洋経済オンライン+1
「要件定義=業務改革」なのに、実態は“現行踏襲の巨大移植”になりがち
本来は業務を標準化してシンプルにするほど成功しやすいのに、「例外」「特例」「得意先別運用」が積み上がり、ERPや標準機能に寄せきれず、結局アドオン地獄になります。結果、テストも移行も切替も難度が跳ね上がります。
データ移行を“最後の作業”だと思っている
基幹刷新の勝敗はデータで決まります。マスタの重複、コード体系の不統一、過去の例外運用がそのまま残っていると、移行で破綻します。にもかかわらず、データ整備が後回しになり、切替直前に地獄を見る。
結合テスト/業務リハーサルが「量」不足、「質」不足
現場のピーク負荷(連休明け、月末、セール、棚卸)や、外部連携(WMS/EDI/3PL/小売EDI)を含む“本番同等”の通し稽古が足りない。すると本番で初めて致命的な詰まりが出ます。物流・受発注に波及した報道は、まさにここを突いています。ダイヤモンド・オンライン+1
切替方式が「一発勝負」寄りで、リスク分散が弱い
ビッグバン切替が悪とは言いませんが、段階移行・並行稼働・限定範囲での先行稼働など、リスクを刻む設計が弱いと、止まったときの被害が最大化します。
ベンダー丸投げと“ベンダーロックイン型の発注構造”
「分からないから任せる」は、最も高くつく選択になりがちです。発注側が判断軸を持たないまま提案に乗ると、見積・スコープ・品質のコントロールが効かなくなります。東洋経済オンライン+1
レガシーの複雑さと人材不足が、リプレイスを“運用しながらの外科手術”にする
メインフレーム/長期改修された周辺連携/属人化した運用は、置き換え時に“見えない依存”として牙をむきます。モダナイゼーションで落とし穴になりやすい論点は、ベンダー側からも整理されています。IBM
失敗を減らす「対策案」:技術より先に、プロジェクトの設計図を変える
成功率を上げる会社は、最新技術を選ぶ前に、まず“失敗しない構え”を作ります。
第一に、経営が「稼働日」と「守るべき業務」を自分の言葉で定義し、意思決定の場を固定します。基幹刷新は“IT案件”ではなく“経営の案件”だと腹落ちさせることがスタート地点です。BCG Japan | ボストン コンサルティング グループ 日本+1
第二に、要件定義を「業務改革+標準化+例外の棚卸し」として扱い、現行踏襲をデフォルトにしないことです。ERPを入れるのに業務がそのままなら、結局アドオンの巨大化で詰みます。
第三に、データを最初に片付けます。移行の直前に整えるのではなく、マスタ統合やコード標準化を“プロジェクトの前半戦”に持ってくる。これだけで切替事故が大幅に減ります。
第四に、物流・受発注・会計締めなど、止められない業務を中心に「本番同等の業務リハ」を組み、ピーク負荷や外部連携を含む通しテストをやり切ります。現場の協力が必要なので、ここでも経営の後ろ盾が効きます。
第五に、切替を刻む設計(段階移行、対象限定の先行稼働、ロールバック可能性の確保)を、最初から“前提”として置きます。ビッグバンを選ぶなら、なおさら緊急時の業務継続策(代替出荷、手作業、臨時在庫管理)を具体化して訓練しておくべきです。
今後の状況:失敗は“減らない”可能性が高い。だからこそ「作り方改革」が本丸
2025年の崖で刷新圧力は続き、ERP移行やモダナイゼーションはむしろ増えます。つまり、同種のトラブルが自然に消えるとは考えにくい。だから必要なのは、プロジェクトの成否を「個別ベンダーの力量」や「気合」で片付けず、意思決定、要件、データ、テスト、切替の設計を“勝てる型”に揃えることです。
日経クロステックが示した「70社超・1200億円超」はてなブックマーク は、単なる炎上ウォッチではなく、日本企業が基幹刷新を“経営の技術”として再学習しない限り、同じ授業料を払い続けるという警告に見えます。