2025年、AIが“主役”になったのと同時に、もう一つの主役が表舞台に出てきた。
それがデータセンターだ。
これまで「どこかにある箱」として、意識されないままネット社会を支えてきた巨大施設が、生成AIの計算需要を受けて世界中で建設ラッシュに突入した。
ところが2025年は、単なる投資ブームでは終わらない。電力網の限界、水資源や排熱、騒音、景観、そして“誰がコストを払うのか”という公平性の議論が噴き出し、反対運動や政治課題へと転化した年でもあった。TechCrunchが指摘するように、米国だけでも反対運動の組織化が進み、データセンターは「バックエンド」から「社会の中心課題」へ移っている。
本記事では、2025年に起きたデータセンターを巡る世界の動きを、米国・欧州・アジア・そして日本の視点で深掘りする。
目次
2025年に何が変わったのか:AIが“電力の形”を変えた
生成AIは、従来のウェブや動画配信とは異なる形で電力を食う。学習と推論は「高密度・連続稼働」に近く、需要の立ち上がりも速い。結果として、電力会社や系統運用者が得意としてきた“読みやすい需要増”ではなく、「急に大口が現れて、地域の送電網や変電所が先に悲鳴を上げる」構図が増えた。
米国の象徴例がバージニア州ラウドン郡(いわゆるData Center Alley)だ。地元報道では、2021年から2025年の間に電力需要が大幅に増えたという指摘もあり、増設・送電線・料金負担をめぐる議論が加速した。 WAMU
この手の議論が「テックの話」から「地域の生活コストの話」へ移ると、空気が変わる。データセンターは雇用や税収を生む一方で、電気料金やインフラ負担が住民側に回るのでは、という疑念が燃料になる。
米国:建設ラッシュが“反対運動”と“制度変更”を生んだ
TechCrunchは、過去12カ月で米国内の反対運動が各地に広がり、複数州で多数の活動グループが組織化されていると伝えた。 TechCrunch さらに「モラトリアム(新規建設の停止や凍結)」を求める動きも報じられ、データセンターが地域政治の争点になり始めている。 The American Prospect+1
ここで現実をさらにややこしくするのが、電力不足への“応急処置”だ。需要が急に増えると、系統を守るために短期的には火力を動かすしかない局面が出てくる。Reutersは、AIデータセンターの需要増が引き金となって、退役予定だった“ピーカー発電所”(需要ピーク時に動かす発電所)が延命・再稼働する事例を報じた。しかもそれらは汚染負荷が高く、影響が弱い立場の地域に集中しやすいという「環境正義」の火種にもなる。 Reuters
一方で制度も動く。巨大需要家が電源に“近接接続”する(発電所の近くにデータセンターを置く、あるいは電源へ直接つなぐ)案が増え、米国の規制当局もルール整備を迫られている。ReutersはFERCがPJMに対し、こうしたAI関連の大口負荷の接続ルールを明確化するよう指示したと報じた。 Reuters
関連してAPも、テック企業が発電所に直接つなぐ形を後押しする規制上の動きが出ていると伝えている。 AP News
要するに米国では、「建てる/止める」の対立だけでなく、“どうつなぐか”“誰が負担するか”が制度の争点へ移った。
そして費用の議論は、すでに数字としても表に出てきた。APはジョージア州で、データセンター需要を背景に大規模な発電増強計画が承認されたと報じ、投資負担や料金転嫁の論争が起きていると伝える。 AP News
AI投資の熱狂が、電力投資のリスクと表裏一体になった瞬間だ。
欧州:データセンターを“規制と指標”で囲い込む
欧州の特徴は、反対運動の有無以前に「データセンターを透明化し、性能を測り、改善を義務化する」方向に舵を切っている点だ。欧州委員会は、改正エネルギー効率指令の枠組みのもと、データセンターのサステナビリティ評価(EU-wide rating scheme)や報告制度を段階的に整備してきた。具体的には、データセンター事業者に対してKPIの報告を求め、EUデータベースへ提出するスケジュールも示されている。 Energy+1
このアプローチは、欧州らしい「市場を止めるより、ルールで縛り、比較可能にして投資を誘導する」手つきだ。電力効率(PUE)、再エネ比率、水使用、排熱利用などが“見える化”されれば、事業者は地域や顧客からの圧力にさらされる。逆にいえば、欧州は「建設の是非」を政治闘争にする前に、“指標と報告”でゲームのルールを作り、競争をそちらへ寄せようとしている。
アジア:成長の中心は“電力”だけじゃない——水と政策がボトルネックに
アジアでは「受け入れたい」という産業政策と、「インフラ・資源が持つか」という現実がせめぎ合う。
象徴例の一つがシンガポールだ。国土が小さく電力制約が厳しい中で、データセンターを完全に止めるのではなく、「グリーン条件を満たすなら増やす」という設計へ移った。IMDAのGreen Data Centre Roadmapは、持続可能性を条件にデータセンター容量を拡大する方針を示している。 Infocomm Media Development Authority
つまりシンガポールは、“枠を決めて選別する”ことでデジタル経済の基盤を維持しようとしている。
もう一つの焦点はマレーシア(特にジョホール州)だ。ここでは電力に加えて水が争点になりやすい。報道ベースでは、ジョホール州が水使用の大きいタイプのデータセンターの承認を抑制する、といった動きも出ている。 w.media
水は電力と違って、地域ごとの制約がより直撃しやすい。冷却のために水を使う設計は、住民の生活インフラと真正面から競合するため、反対運動や規制につながる速度が速い。
アジアは今後、国ごとに「電力が豊富な場所へ集める」「水の少ない場所では設計を変える」「そもそも容量を割り当て制にする」といった“受け入れ設計”の違いが、投資地図を塗り替えていく可能性が高い。
日本:東京・大阪集中から“地方分散”へ。ただし鍵はGXと電源
日本はこれまで東京・大阪圏にデータセンターが集積してきたが、2025年後半にかけて「地方の巨大拠点」構想が具体性を帯びてきた。Reutersは、富山県(南砺市)で大規模データセンターハブ計画が進むと報じ、総電力容量が非常に大きい規模になり得る点も伝えている。 Reuters
背景には、災害リスク分散、土地、そして電力条件の差がある。データセンターは“どこでも建てられるIT”ではなく、“電源と送電がある場所にしか建てられない重工業”に近づいている。
さらに2025年末、日本政府が「脱炭素電力を使う需要家」を支援する投資補助の枠組みを出しており、対象の中にデータセンターも含まれ得る。これは、データセンターを単なる民間投資として放置するのではなく、「GX(脱炭素と産業政策)の需要家」として取り込む動きだ。 Reuters
日本の難しさは、再エネの導入制約、系統増強、立地(冷却・災害・通信)を同時に満たす地点が限られることにある。だからこそ「地方分散」は、用地だけでなく“脱炭素電源とセットで設計する”方向へ寄っていく。
2025年「データセンター」が生んだ社会問題まとめ
| 領域 | 主な動き | 社会課題 |
|---|---|---|
| 米国 | 大規模建設ラッシュと反対運動 | 電力コスト/公害・社会的不正義 |
| 欧州 | 持続可能性重視と規制強化 | エネルギー最適化 |
| アジア | 投資急増とインフラ整備 | 電力供給と環境負荷 |
| 日本 | 電力脆弱性と都市集中 | 送電網再構築の必要 |
2026年以降、世界で起きそうなこと:争点は「建てるか」から「条件闘争」へ
2025年は、データセンターが社会問題として可視化された年だった。次の段階は、建設の是非を超えて、条件をめぐる闘争になる可能性が高い。
米国では、接続ルール(近接接続・直接接続)の整備が進むほど、「一般消費者の料金」と「大口需要家の電力確保」をどう両立するかが政治化しやすい。 Reuters+2AP News+2
欧州は、報告制度と評価スキームが進めば進むほど、事業者は“数値で説明”を迫られる。 Energy+1
アジアは、国ごとに水・電力・政策の制約が違うため、投資が「より条件の良い国」へ流動化する。 Infocomm Media Development Authority+1
日本は、GX政策と地方分散が噛み合えば伸びるが、電源・系統・地域合意が遅れると計画だけが先行するリスクもある。 Reuters+1
結局のところ、2025年に世界が気づいたのはこういうことだ。
AIはソフトウェア産業に見えて、実態は「電力・水・土地・配電」の物理インフラ産業でもある。データセンターはその最前線で、次の10年の産業立地とエネルギー政策を、じわじわ“現実”へ引きずり出していくことになるだろう。