クラウドが暴走し、AIが毎日巨大な電力を飲み込む世界で、テック企業はついに“自前発電”を選び始めた。
Amazonは小型原子力プラントを構想し、Microsoftはスリーマイル島原発の再稼働に舵を切ろうとしている一方、日本では再生可能発電も火力頼みも限界が見え始めている。
果たして、次のインフラ主権は“電源を握る者”が制すのか?
目次
背景:データセンターと電力需要の“拡大圧力”
データセンターは常に“電力の塊”である。最近ではAIモデルの学習運用、クラウドサービス拡張、リアルタイム処理などが電力需要の急増を招いており、電力供給の不安定さやコスト変動は事業リスクそのものになっている。
この文脈で、「自前で電源を制御したい」「外部電力網の制約を受けたくない」という欲求は、単なる夢物語ではなく現実味を帯び始めている。
アメリカ・欧州では、テック企業と発電事業者の提携、あるいは発電設備を自前で開発・買収する動きがじわりと始まっており、特に原子力・小型炉(SMR = Small Modular Reactor)を活用する構想が注目されている。
2. 米国・欧州で見える原子力発電をデータセンター電源にする動き
2.1 Amazon の原子力への投資・構想
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Amazon は、ワシントン州近郊で 小型原子炉(SMR)を建設する構想「Cascade Advanced Energy Facility」 を発表した。これにより、自社のクラウド/AIサービスを支える低炭素電力を確保したいという意図が見える。The Verge+1
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また、Amazon と発電事業者 Talen Energy は、ペンシルベニア州の原子力発電所(Susquehanna)から最大1,920メガワットを供給する長期電力購入契約(PPA)を締結している。esgdive.com+3ir.talenenergy.com+3Reuters+3
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Amazon は、Susquehanna 原発に隣接するデータセンターキャンパスを 960 MW 規模で買収し、電力を直接供給される形を目指している。Electrek+3microgridknowledge.com+3IEEE Spectrum+3
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ただし、規制当局(例:FERC)は、電力の直接供給(“behind the meter” での拡張)に対して公平性の観点から制限を課すなど、制度上の壁も出始めている。IEEE Spectrum
これらの動きは、クラウド事業とデータセンター拡大という基盤を背景に、「電源主権の取得」を狙う戦略と読み取ることができる。
2.2 Microsoft とスリーマイル島再稼働構想
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Microsoft は、ペンシルベニア州の **Three Mile Island(スリーマイル島)原発 Unit-1 の再稼働を目指す契約を Constellation Energy と締結している。newsroom.ap.org+8Reuters+8ガーディアン+8
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この契約は 20 年間にわたる電力購入契約(PPA)で、稼働後 835 メガワットを供給する見込み。newsroom.ap.org+5データセンター動向+5ワールドニュークリアニュース+5
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スリーマイル島原発は過去に部分的なメルトダウン事故を起こした歴史を持つが、Unit-1(事故とは別系統)は 2019 年に経済理由で停止されていた。Microsoft との契約を引き金に、2027 年〜2028 年の再稼働を目指す計画が動いている。GeekWire+7Insurance Journal+7ガーディアン+7
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なお、再稼働には環境レビュー・規制許認可が必要で、これらの承認が遅延する可能性は高い。Pennsylvania Capital-Star+2datacenterfrontier.com+2
このように、大手テック企業はもはや単に“電力を買う”段階を超えて、“発電所を制御下に置く”戦略へと動き始めている。
3. なぜ“自前発電(原子力)”なのか?その背景仮説
3.1 安定性と予見性を求めて
再生可能発電(太陽光・風力)は天候変動の影響を受けやすく、電力出力の予測可能性に課題がある。AI・クラウド運用のような24/7稼働が求められる事業では、電力の断絶が致命傷になりかねない。
原子力は一定出力が見込め、かつ CO₂ 排出が少ないという点で、理論上は魅力的な選択肢となる。
3.2 コスト構造と投資回収の視点
初期投資が非常に高額であるものの、大規模運用すればランニングコストを抑えられる可能性がある。特に長期契約(20年以上)という枠組みであれば、発電所を“事業資産”とみなす発想が出てくる。
また、技術革新(SMR、小型炉、モジュール炉設計など)は建設コスト低減・設置容易化を狙っており、将来性に賭ける動きも散見される。
3.3 電源主権と戦略的優位性
自社発電を持つことで「電力コストの支配」「系統や市場変動からの独立性」「環境・脱炭素主張の整合性強化」などが得られる。
特に、AI拡大期において“電力ネック”を抱えたくないという意図が強い。
4. 日本の現状:火力中心、再生可能頼み、発電主権は遠い
4.1 再稼働できない原発体制
日本では原子力発電所の再稼働は規制・合意・住民反対といった壁が大きく、稼働率は限定的。
そのため、発電は主に火力を中心とし、再生可能発電比率は徐々に増えてはいるものの、変動性と出力限界が課題となっている。
4.2 メガソーラー/太陽光発電の“悲喜劇”
メガソーラー発電は、補助金目的で土地造成されたものの運用されず放置されている例や、山を削って設置されるために自然破壊や景観破壊の批判を浴びる例も多い。
結果として、発電性能や持続性・環境整合性を伴わない“見せかけの発電”に終始している事例も報じられている。
4.3 地方データセンターの電力構造
日本ではデータセンターの地方立地化が進みつつあるが、基本的には地域電力網からの受電形態が主流であり、自社発電(特に大規模なもの)を持つ動きはまだ目立っていない。
この差は、電力規制、土地規制、許認可制度、投資リスクなど構造的な制約に起因する。
5. リスクと論点:技術主義と制御主義の狭間
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安全性・事故リスク:原子力には常にリスクが伴う。過去の事故経験や社会的許容性は無視できない。
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許認可・制度的障壁:原発建設・再稼働には厳格な規制と長期審査が必要で、テック企業がすぐに動けるわけではない。
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公平性と電力市場への影響:自社発電が特定企業だけに優位を与えると、「電力の不公平性」批判が強まる可能性がある(規制当局もこの点に敏感)。
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技術選択の将来性:SMR や高先進炉技術の安全性・コスト性が、本当に従来炉以上に有利になるかどうかはまだ未知数である。
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脱炭素整合性:原子力は CO₂ 排出が少ないが、放射性廃棄物やライフサイクル排出も無視できない論点として残る。
6. 結びに:電力の主権を巡る“次なるインフラ戦”
クラウドと AI 拡大期において、電力はインフラ以上の意味を持ち始めている。「自社電源を持つ=インフラ主権を握る」という発想は、これからますます現実的になる可能性がある。
アメリカでは既に Amazon や Microsoft が原子力を電力戦略に組み込みつつあり、世界のテックインフラ戦略が変容し始めている。
一方、日本は制度・社会コンセンサス・技術選択において出遅れている可能性がある。
この流れを冷静に見極め、「発電を誰が握るのか」という問いは、テック国家の未来を左右する鍵になりそうだ。