——それは本当に"カネ"の話なのか
先日、こんな趣旨の投稿がXで大きく拡散していました。
「日本の開発現場から優秀な技術者が次々と消えている。行き先はBYDのような海外企業。理由は"金で買われた"のではなく、系列のしがらみと社内政治という檻からの脱走だ」
その象徴として挙げられていたのが、新型の軽EV(イーブイ、電気自動車)「RACCO」でした。
現役のエンジニアとして読んで、正直、共感と違和感が同時にきました。刺さる部分は確かにある。でも、事実と演出が混ざったまま感情に火をつける構造にもなっている。だからこの記事では、まず事実と煽りを分け、そのうえで「本当の問題」と「エンジニアとしてどう生きるか」を、落ち着いて考えます。
まず、その投稿は何を告発していたのか
投稿の主張を要約すると、こうなります。部品一つ変えるのに何十社もの取引先調整と忖度、不毛な承認リレー。理想を形にする前に、会議で技術が摩耗していく。一方、海を渡ったエンジニアは「隣の部署に声をかければ、その日のうちに仕様が決まる」環境で、バッテリーから半導体まで自前で固める完全垂直統合の速さを武器にしている。その成果が衝撃的な低価格の軽EVであり、日本車の歴史を塗り替えた——と。
事実確認 — 田川氏とRACCOの"実像"
まず人物。田川博英氏は元日産のエンジニアで、軽「デイズ」や軽EV「サクラ」の開発に深く関わった人物です。現在はBYD Auto Japanに移り、商品企画部の担当部長 兼 CKプロジェクトリーダーとして、日本専用に開発された軽EV「RACCO」を指揮しました。「日本の軽を知り尽くした技術者が海を渡った」という構図は、ここまでは概ね事実です。
・価格は214万5000円(200)から249万7000円(300 Premium)。
・全モデル共通のCEV補助金15万円を引くと、最廉価は実質およそ199万5000円。
・一充電走行距離はWLTCモードで、200が210km、300系が320km。
・モーターは最高出力47kW、最大トルク160N・m(軽の自主規制64PS相当)、全グレード2WD。
| グレード | 価格(税込) | 航続(WLTC) | 位置づけ |
| RACCO 200 | 214万5000円 | 210km | 実質200万円切りの入口 |
| RACCO 300 Plus | 239万8000円 | 320km | 航続を伸ばした主力 |
| RACCO 300 Premium | 249万7000円 | 320km | 装備を充実させた上位 |
※価格・スペックは発売時点の公表値。補助金は制度改定で変動する可能性があります。
ここで冷静な補助線を一本引きます。専門メディアや購入検討層のレビューを読むと、RACCOへの評価は「装備が充実し、価格が戦略的に安い、コスパの良い専用設計車」に集約されます。逆に言えば、技術的に世界初の飛び道具があるわけではなく、既存技術の手堅い延長という見方が多い。つまり「歴史を塗り替える」「圧倒的」という表現には、事実に投稿側の演出が上乗せされています。まず速い、そして安い。これは十分に脅威ですが、"魔法"ではありません。
なぜ開発現場から人が抜けるのか
ここからが本題です。人が抜ける理由を給与だけに求めるのは、たぶん半分しか当たっていません。現場のエンジニアが本当に疲弊するのは、金額そのものより「決められなさ」です。隣に声をかければその日に決まる環境と、部品一つに何部署・何社もの調整と忖度が要る環境。この決断速度の差は、日々の徒労感として効いてきます。
面白いのは、日本の現場を縛っているものの多くが、元をたどれば"良い原則"だという点です。金融システムの設計に例えると分かりやすい。
つまり悪いのは原則ではなく、原則の"運用"です。目的を見失った統制は、安全装置のふりをした檻になる。ここを取り違えて「ルールが悪い、全部壊せ」と叫んでも、次の現場でまた同じ壁にぶつかります。憎むべきは原則ではなく、形骸化です。
既視感 — かつて家電が敗れた本当の理由
この構図、どこかで見た覚えがありませんか。かつての家電敗戦です。象徴的なのがシャープでした。液晶への「選択と集中」を掲げ、亀山工場、そして堺工場へと数千億円規模の巨額投資を続け、部材から完成品までを抱える垂直統合モデルにこだわった。強気の一手でした。
ところが環境が変わります。リーマン・ショック後の需要変化、韓国・台湾勢との激しい価格競争、そしてパネルのコモディティ化。かつて強みだった巨大工場は、身動きの取れない弱みへと反転しました。結果、2011年度の大幅赤字を経て、2016年に台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下へ。EMS(イーエムエス、電子機器の受託製造)大手が、ブランドではなく液晶技術に狙いを定めた買収でした。
海の向こうの新興勢が速いのは、統合しているから、ではありません。統合を"素早く回せる"意思決定構造を持っているからです。逆に日本の敗因は、構造の種類ではなく、その構造が硬直し、決断が遅れたこと。同じ設計図でも、動かし方が違えば結果は正反対になります。
| 共通する敗因パターン | 現場での見え方 |
| 決断の遅さ | 仕様が固まる前に市場が動いてしまう |
| 自前主義の硬直 | 過去の巨額投資が撤退判断を鈍らせる |
| 過剰品質 | 顧客が求める以上の作り込みでコスト超過 |
| 変化への鈍感さ | 昨日の成功体験が今日の判断を縛る |
家電で起きたこの四つの敗因は、今、自動車でもITでも、そのまま繰り返されかけています。「国産だから安心」という思考停止が家電を滅ぼしたのなら、次に問うべきは、私たち自身の現場が同じ轍を踏んでいないか、です。
「国を守るか、技術か」は本当に二択か
元の投稿でいちばん強い煽りは「国を守るか、それとも技術で人を幸せにするか」という一節でした。エモーショナルで、拡散する言葉です。でも、これは偽の二択(フォールス・ダイコトミー)だと思います。エンジニアが海外企業で良い製品を作ることと、日本の産業が沈むことは、直接はつながっていません。人材流出が痛いのは事実ですが、"裏切り"というフレームは、そこで思考を止めてしまう。
本当に問うべきは、個人の忠誠心ではありません。なぜ日本の組織は、その人材を活かしきれなかったのか。ここを問わずに「目を覚ませ」と叫ぶだけでは、次の田川氏を、また同じ理由で送り出すことになります。
まとめ
RACCOは、良コスパの手堅い専用設計車であって、魔法ではありません。田川氏の移籍は象徴的ですが、"裏切り"でもありません。煽りの温度を一段下げると、見えてくる問題はもっと構造的です。優秀な人材の決断を遅らせ、裁量を奪う組織のあり方。家電が身をもって教えてくれた敗因を、私たちは自動車でもITでも、まだ繰り返しかけている。
だからこそ、エンジニアにできることはシンプルです。補助を抜いた実質値で自分を測り、決断の速い場所を選び、逃げるにしても残るにしても"作る側"であり続けること。目を覚ますべきは、たぶん「日本人よ」ではなく、明日の自分の現場の使い方なのだと思います。