2026年7月、北米デスクトップでオープンソースOSのシェアが過去最高の10.65%に到達。ただし数字の急増には「計測上のカラクリ」がある。北米・欧州・アジア・日本を並べて、どこまでが事実で、どこからが読み過ぎなのかを冷静に切り分ける。
「北米のデスクトップ市場で、あるオープンソースOSのシェアが過去最高の10.65%に達した」。この見出しを最初に見たとき、多くの人が——熱心な愛好家でさえ——「さすがに盛りすぎだろう」と受け流した。
数字の出どころは、アクセス解析サービスのStatCounter(スタットカウンター)。同社の2026年7月データで、北米デスクトップにおけるLinuxのシェアが初めて2桁に乗った。筆者が2025年に確認した時点では、最高でも5%をわずかに超える程度だったのだから、1年あまりでシェアがほぼ倍増した計算になる。これは、素直に注目に値する。
まず、この数字が何を測っているのか
本題に入る前に、どうしても押さえておきたい前提がある。StatCounterが示すのは、PCの出荷台数でもインストール台数でもない、という点だ。
この解析サービスは、世界100万以上のサイトで発生する月間30億件超のページビュー(page view)を集計し、アクセス元のOS比率を割り出している。つまり「利用者数」ではなく「Web上で観測された利用量」に近い指標だ。だから「北米のPC利用者の10.65%が同OSを使っている」と、単純に言い換えることはできない。ここを取り違えると、話が一気にズレる。
北米 — 10.65%の中身と「急増の正体」
まず北米。2026年7月のデータでは、Windowsが57.54%、OS Xが21.14%、そして問題のオープンソースOSが10.65%と並んだ。国別に分けると米国は11.87%、カナダは3.83%と、同じ「北米」でも開きが大きい。米国という巨大市場が、地域全体の平均を押し上げている構図だ。
ただし、この急上昇には裏がある。前月まで北米には「Unknown(不明)」という区分が9.24%も存在した。判定できなかったアクセスを、とりあえず放り込んでおく箱だ。7月にこの箱が一気にしぼみ、ほぼ同じ幅でLinuxが増えた。
つまり今回の伸びの多くは、新規ユーザーの大量流入というより、これまで分類できなかったアクセスが正しく振り分けられた「再分類」の色が濃い。第三者の推計では、北米における実際の利用比率は4〜7%程度とみる向きが多い。10.65%を額面どおり受け取るのは、やはり早計だ。
とはいえ、増加の「方向」そのものは本物だ。ネットワーク大手Cloudflare(クラウドフレア)のRadarでも、北米デスクトップにおける同OSの比率は高い水準を示している。2025年11月の時点で既に6.2%あった、という記録も残る。測定方法の異なる2つのサービスが、そろって上向きを示している事実は、片方のデータの偶然では片づけにくい。
この話題を追うと、6月のシェアが媒体ごとに違う数字で語られていることに気づく。ある資料は「6月5.52%から7月10.65%へ」、別の資料は「5月3.56%から6月10.61%へ」と書く。どちらかが間違い、というわけではない。
理由はシンプルで、StatCounterは公開後およそ45日間、数値を継続的に改訂しているからだ。各媒体が参照した「時点」が違えば、同じ月でも表示される値が変わる。速報値をそのまま比較すると、こうしたズレに足をすくわれる。
欧州 — 数字は横ばい、しかし静かな地殻変動
次に欧州。こちらは数字だけ見ると、6月も7月も5.49%で横ばい。北米のような派手さはまったくない。だが、水面下では別の動きが進んでいる。
キーワードは「デジタル主権(digital sovereignty)」だ。単なるコスト削減というより、自国のデータと情報基盤を特定ベンダーに握られたくない、という動機が前面に出てきた。ここが欧州の特徴で、伸びの質が北米とはまるで違う。
フランスは、国家憲兵隊で10万3000台を超える独自のオープンソースOS端末を運用している。ドイツのシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州は、行政のオフィス環境を商用製品からLibreOfficeと自由なOSへ全面的に切り替える方針を打ち出した。
デンマークのデジタル省は、2025年8月までに職員の半数を移行済みだと伝えられている。スイスは国産クラウドに約2億3100万ドルを投じ、政府開発ソフトを原則としてオープンソースで公開する法律を整えた。欧州連合(EU)全体でも、公共部門向けの共通基盤を検討する動きがある。数字が横ばいでも、土台は着実に組み替えられている。
アジア — 3.88%から7.17%への跳ね上がり
そしてアジア。ここは北米に迫る勢いで、月内に3.88%から7.17%へと大きく跳ね上がった。もともとインドが突出して高く、コストに敏感な端末調達、厚い開発者層、政府主導の教育プログラムがその背景にあるとされる。
ただしアジアの数字は、振れ幅も大きい。ボット(bot)や自動クローラーの多くはオープンソースの基盤上で動くため、Web観測値を押し上げやすい。ある集計では、7月のアクセスの2割以上がボット由来だったという指摘もある。伸びの「方向」は信頼できても、「水準」はやや割り引いて読むのが安全だ。この慎重さは、どの地域を見るときも共通して必要になる。
地域別シェア比較(2026年7月)
主要地域と国のデスクトップシェアを並べると、ばらつきの大きさがよく分かる。いずれもStatCounterの2026年7月時点の値だ。
| 地域・国 | Linuxシェア | 補足 |
| 北米 | 10.65% | 過去最高・初の2桁 |
| 米国 | 11.87% | 単独では地域平均を上回る |
| 世界全体 | 7.53% | 参考値 |
| ドイツ | 7.24% | 欧州では高水準 |
| アジア | 7.17% | 前月比で急上昇 |
| 英国 | 6.18% | 世界平均をやや下回る |
| 欧州(全体) | 5.49% | 前月から横ばい |
| 日本 | 5.04% | 商用OS優位が継続 |
| カナダ | 3.83% | 同じ北米でも低め |
| オーストラリア | 3.55% | 主要国では下位 |
推移でも見ておこう。世界・アジア・欧州の3地域を並べると、伸び方の性格の違いがはっきりする。
| 地域 | 5月 | 6月 | 7月 |
| 世界全体 | 3.81% | 5.59% | 7.51% |
| アジア | 3.88% | — | 7.17% |
| 欧州 | — | 5.49% | 5.49% |
なぜ今、伸びているのか — 構造的な追い風
計測上のカラクリを差し引いても、底流の伸びは本物だ。追い風は複数ある。最大の要因は、2025年10月14日に訪れたWindows 10のサポート終了だろう。
後継版への移行には、TPM 2.0(セキュリティチップ)やセキュアブートといった厳しいハードウェア要件があり、まだ十分に使える大量のPCが「対象外」になった。買い替えるか、有償の延長サポートに頼るか、それとも別のOSを入れるか——この三択が、多くの家庭と職場に突きつけられている。
ゲーム分野の変化も大きい。携帯ゲーム機のSteam Deck(スチームデック)が、自由なOSをベースにした携帯機向け環境を一気に普及させた。それと意識しないまま、慣れ親しんだ人は多いはずだ。
互換レイヤーのProton(プロトン)は、Windows向けタイトルの約9割を動かせるところまで成熟した。「動かないから無理」とは、もう言い切れない段階に来ている。ゲーム目的の移行を阻む壁は、着実に低くなっている。
価格高騰という、きわめて現実的な事情もある。メモリ(DRAM)の価格は前年同月比で約171%も上がり、新しいPCへの買い替えそのものが重い負担になった。無料で軽量な選択肢に目が向くのは、自然な流れだ。「使えるPCを捨てるな」と訴えるキャンペーンも登場している。あるディストリビューション(Zorin OS)は、サポート終了の告知後に78万人を超える乗り換えがあったと公表した。数字の真偽はさておき、空気は確実に変わりつつある。
日本のLinuxデスクトップ市場はどうなっているのか
ここまでは主に欧米とアジアの話。では、足元の日本はどうなのか。ここは別項目としてじっくり掘り下げたい。
2026年7月時点の日本のデスクトップにおける同OSのシェアは5.04%。世界平均の7.53%や北米の10.65%には届かないが、数年前の水準を思えば、これでも着実に増えてはいる。決してゼロ成長ではない。
それでも日本で普及が鈍い理由は、いくつかはっきりしている。第一に、そのOSを最初から入れて売っているPCが、店頭にほとんど並んでいない。利用者は自分でインストールする前提になり、それだけで大きな心理的ハードルになる。ここが欧州の政府調達とは決定的に違う。
第二に、業務環境がWindows前提でがっちり組み上げられている。認証基盤もネットワークも業務システムも、である。加えて一太郎の文書や、人名に使われる外字といった「既存資産」の互換性も、重い足かせになる。長年かけて積み上げた資産ほど、動かしづらい。
官公庁も事情は同じだ。事務用パソコンは、ほぼ例外なく商用OSで統一されている。ライセンス費用やベンダーロックイン(特定業者への依存)の問題は以前から指摘されているが、認証や文書資産の壁が高く、全面移行の議論はなかなか前へ進まない。現時点で、日本の行政に特化した公式ディストリビューションは存在せず、有志による構想が語られている段階にとどまる。
そして最後は「慣れ」だ。ある教育現場の報告では、低学年の子どもは新しい環境にすぐ順応する一方、既存OSの使用歴が長い人ほど拒否反応が強く、抵抗感は教員層で最大になったという。技術的な優劣よりも、この心理的な慣性のほうが、実は手ごわい。日本のシェアが世界平均を下回るのは、技術の問題というより、この社会的な条件の積み重ねだと筆者はみている。
確定した事実と、推測を分けて整理する
・2026年7月、北米デスクトップのオープンソースOSシェアが10.65%と表示され、初めて2桁に達した(公開時点)。
・この値はページビュー基準のWeb観測値で、PCの販売台数やインストール台数ではない。
・世界全体は7.53%前後、日本は5.04%、欧州は5.49%で、地域差が大きい。
報道・推計ベースの情報(幅を持って読む)
・「Unknown」区分の縮小と同時に増えたため、再分類の影響が大きいとの見方。
・第三者推計では、北米の実利用は4〜7%程度という指摘。
・6月の速報値は媒体により異なり、45日間の改訂が原因とされる。
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ここで大事なのは、監査ログを突き合わせるように、別系統のデータで裏を取ること。解析サービスの数字とネットワーク側の観測が、方法論は違えど同じ方向を指している——この一致こそが「ノイズではなく信号」を分ける判断材料になる。単一のダッシュボードだけを信じない。これは金融系のシステムでも、Webの統計でも変わらない基本作法だ。
そして日本の話。ここでの壁は、技術というより設計思想の問題だと感じる。業務基盤が一社前提でがっちり結合され、最小権限のように「切り離せる設計」が最初から意識されていない。だから一部を入れ替えようとすると、全体がついてくる。ベンダーロックインとは、要するにこの密結合というアンチパターンの別名にほかならない。
結論。10.65%を「Windows陥落の号砲」と読むのは行き過ぎだが、追い風の多くは一過性ではなく構造的だ。祝賀でも冷笑でもなく、次の数か月を淡々と観測する。エンジニアらしいのは、たぶんその態度のほうだ。
まとめ
北米の10.65%は、再分類による見かけの押し上げを含む「盛られた数字」であると同時に、複数のデータが上向きを示す「本物のトレンド」でもある。両方が正しい、というのが今回のいちばん誠実な結論だ。
地域で見れば、北米とアジアは急伸、欧州は数字こそ横ばいだが主権をめぐる地殻変動、そして日本は社会的な条件に阻まれてなお5%台。追い風の多くは構造的で、簡単には消えない。過度な期待も、冷笑も脇に置いて、次の数か月の数字を静かに追いかけたい。
※本記事のシェア数値は、いずれもStatCounterの2026年7月時点の公開データおよび各報道に基づく。値は公開後も改訂されるため、閲覧時点で変動している場合がある。