「うちのルーターなんて、誰も狙わないだろう」――そう思っていませんか。じつは、その油断こそが攻撃者のねらい目です。家庭のWi-Fiルーターには専任の管理者がいるわけではなく、買ってから一度も設定を触っていない、というご家庭も少なくありません。
家庭用ルーターが知らないうちに乗っ取られ、他者への攻撃の「踏み台」にされる被害は、今も続いています。
2024年5月には、情報通信研究機構(略称はNICT)が、家庭用Wi-Fiルーターが「Mirai(ミライ)」と呼ばれる不正プログラムに取り込まれている実態を確認したと公表しました。
やっかいなのは、乗っ取られても画面に「感染しました」と表示されるわけではない点です。持ち主が気づかないまま、他人への攻撃に加担させられている――これが家庭内ルーターを狙う攻撃の本質です。この記事では、ルーターの設定にあまり詳しくない方に向けて、危険性の正体と、今日からできる守り方を順番に整理します。
ファクトチェック:数字で見る家庭用ルーターの現状
セキュリティ企業トレンドマイクロの観測では、ある時期に大量の通信を一斉に送りつける妨害へ悪用された不正なネットワークのうち、約8割が無線ルーターだったと報告されています。
独立行政法人IPAが公表した「情報セキュリティ10大脅威 2025」では、リモートワーク環境を狙った攻撃が5年連続でランクインし、順位も上昇しました。
官民連携の観測活動「NOTICE」の2025年10月時点の集計では、推測されやすいユーザー名・パスワードを使っている機器が1万4千件以上、踏み台にされる恐れのある機器が1万5千件以上、確認されています。
家庭内Wi-Fiルーターの「脆弱性」とは何か?
「脆弱性(ぜいじゃくせい)」とは、機器やソフトの設計・設定にひそむ『穴』のことです。攻撃者はこの穴を通って、外から機器を操作しようとします。家庭用ルーターの弱点は、大きく分けて次の3つに整理できます。
| 弱点の種類 | 具体的な中身 |
| 設定の弱点 | 初期パスワードのまま。管理画面が外部に開いたままになっている。 |
| ソフトの弱点 | ファームウェア(機器を動かす基本プログラム)に、既に知られた不具合が残っている。 |
| 運用の弱点 | 何年も更新や見直しをしていない。サポートが切れた機種を使い続けている。 |
システムを設計するときに重視されるのが『最小権限』――必要な人が、必要な範囲だけ触れるようにする考え方です。ところが家庭用ルーターは、初期状態では『誰でも簡単に入れる』ように作られていることが多い。使いやすさと引き換えに、扉が開けっ放しになっているイメージです。
初期設定のまま使い続ける本当のリスク
もっとも多い落とし穴が、買ったときのままの設定で使い続けることです。とくに危ないのが、管理画面のユーザー名・パスワードが初期値のままのケース。攻撃者は、メーカーごとの初期パスワードの一覧をあらかじめ持っています。つまり『鍵をかけていない家』と同じ状態です。
代表的な不正プログラムであるMirai(ミライ)系は、まさにこの『初期パスワードのまま』『推測されやすいパスワード』の機器を自動的に探し出して入り込みます。
人間がねらい撃ちしているというより、プログラムが24時間、無差別に鍵の開いた家をさがし回っている、とイメージすると分かりやすいでしょう。
初期設定のまま放置すると…
・ボットネットの一部に組み込まれ、他人への攻撃に使われる
・通信内容をのぞき見される恐れがある
・偽サイトへ誘導される(アクセス先を管理する設定を勝手に変えられる)
なぜ乗っ取られるのか? 主な原因
乗っ取りの入り口は、意外とかぎられています。原因を知れば、手を打つべきポイントも見えてきます。
| 主な原因 | なぜ危ないのか |
| 初期・単純なパスワード | 一覧表から機械的に破られてしまう |
| ファームウェアが古い | すでに判明している穴がふさがれていない |
| 外部から管理画面に入れる設定 | インターネット側から、だれでもログインを試せてしまう |
| サポート終了機種の継続利用 | 新しい穴が見つかっても、修正プログラムが出ない |
| 便利機能の設定不備 | 遠隔からつなぐための機能などが、入口として悪用される |
近年は、機器そのものに欠陥がなくても被害に遭うケースが増えています。ルーターに備わった遠隔からつなぐための機能を、持ち主に無断でオンにし、外から入り込む足がかりにする手口です。使っていない便利機能が、そのまま裏口になってしまうわけです。
横浜国立大学の研究では、1台のルーターが複数の不正なネットワークに同時に取り込まれている例も確認されています。弱いまま放置された機器は、攻撃側にとって『早い者勝ちで奪い合う資源』になっているのです。
実際の報告もあります。2025年には、ある大手メーカーの小規模オフィス・家庭向けルーター約9千台が外部から不正に操作され、再起動しても元に戻らない状態にされていたことが、セキュリティ企業から明らかにされました。
別のメーカーの一部機種でも、既知の弱点が実際に突かれているとして、米国の担当機関が2025年に注意をうながしています。
乗っ取られたサインの見つけ方と対処手順
『気づけない』のが乗っ取りの怖さですが、いくつかのサインは自分でも確認できます。まずは次の表で、心当たりがないかチェックしてみてください。
| こんなサインに注意 | 確認する場所・方法 |
| 通信が急に遅くなった | 心当たりのない大量の通信が起きていないか |
| 見慣れない機器がつながっている | 管理画面の「接続機器の一覧」を確認する |
| 勝手に別サイトへ飛ばされる | アクセス先を管理する設定が、契約先の案内と違っていないか |
| 見覚えのない設定が有効 | 遠隔接続の機能や外部からの接続が、勝手にオンになっていないか |
| 契約先から警告が届いた | 大量通信の発信元として通知されていないか |
もし『乗っ取られたかも』と思ったら、次の順番で対応します。ポイントは、原因を残したまま元に戻さないことです。
1機器をインターネットから切り離す――回線側のケーブルを抜き、被害の拡大を止めます。
2ルーターを初期化する――見覚えのない設定を手で消すだけでは、隠された変更が残ることがあります。工場出荷状態に戻すのが確実です。
3ファームウェアを最新版に更新する――既に見つかっている穴をふさぎます。
4管理画面のパスワードを変更する――長く、推測されにくい文字列にします。
5古い機種は買い替えを検討する――サポートが切れた機種は、それ以上守りきれません。
安全に運用するための7つのチェックリスト
むずかしい専門知識は要りません。次の7つを押さえるだけで、無差別の攻撃の多くは寄せつけずに済みます。上から順に、優先度の高いものです。
| やること | ポイント | 優先度 |
| 管理パスワードの変更 | 初期値をやめ、長く複雑な文字列に | 最優先 |
| ファームウェアの更新 | 自動更新をオン。手動でも定期確認 | 最優先 |
| 外部からの管理画面アクセスを無効化 | インターネット側からのログインを閉じる | 高 |
| 使わない便利機能をオフ | 使っていない遠隔接続の機能などは無効に | 高 |
| 暗号化方式を見直す | 対応機種なら最新の暗号化方式に。古い方式は避ける | 中 |
| 見覚えのない設定を定期確認 | 月に1回、接続機器と設定を点検 | 中 |
| 古い機種は買い替え | 目安は購入から数年。サポート終了機種は特に | 中〜高 |
買い替えを考えるなら、『自動でファームウェアを更新する機能』と『機器ごとに固有の初期パスワードが設定されている』ものを選ぶと安心です。国内メーカーの業界団体は、こうした機能を備えた製品を推奨機種として案内しています。購入前に、そのマークがあるかを見ておくとよいでしょう。
IT小僧コラム:ルーターは『家の玄関』であって『家電』ではない
金融システムに関わっていると、『障害の切り分け(フォールト・アイソレーション)』『最小権限』『証跡(そうせき)を残す』という考え方が体に染みつく。この3つは、じつは家庭のルーターにもそのまま効く。
ルーターは、テレビや冷蔵庫のような『置けば終わりの家電』ではない。家じゅうのネットワークの玄関であり、いわば鍵のかかった扉だ。扉なら、鍵を替え(パスワード変更)、建て付けを直し(ファーム更新)、だれが出入りしたか記録を見る(接続機器の確認)――これを定期的にやるのが当たり前だと考えれば、やることは自然と決まってくる。
正直に言うと、私自身も『動いているから触らない』の誘惑に負けそうになる。それでも、月に一度、管理画面を開いて接続機器の一覧をながめるだけで、異変には気づける。完璧な要塞をつくる必要はない。『鍵の開いた家』でなくなるだけで、無差別に鍵をさがし回るプログラムの多くはあきらめて次へ行く。まずはそこからで十分だ。
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まとめ
家庭用Wi-Fiルーターの乗っ取りは、特別なご家庭だけの話ではありません。むしろ『設定を一度も見直していない』ごく普通のご家庭こそ、無差別の標的になりやすいのが実情です。
難しく考える必要はありません。今日できることは、たった2つ――管理画面のパスワードを変えること、そしてファームウェアを最新にすること。この2つだけでも、リスクは大きく下がります。週末にでも、ご自宅のルーターの管理画面を一度のぞいてみてください。それが、家族のネットワークを守る第一歩になります。
※本記事は、公的機関・研究機関の公表資料および複数のセキュリティ関連の報道をもとに、2026年7月時点の情報で構成しています。設定手順は機種によって異なるため、詳細はお使いの機器メーカーの案内をご確認ください。