「AIバブル」で株価が上がる──そんな単純な物語は、もう終わりつつあるのかもしれません。
2026年2月23日、IBMの株価が一日で約13%下落し、2000年以来最悪の暴落となりました。引き金になったのは、Anthropicが発表した、レガシー言語COBOLを自動変換・モダナイズするプログラミングAIツール「Claude Code」。このニュースをきっかけに、ウォール街では「AIがソフトウェア産業そのものを破壊し始めた」という恐怖が一気に噴き出しています。
本記事では、米国の市場関係者やテックメディア、AI業界の議論をベースに、日本ではまだ十分に報じられていない“AIショックの真の焦点”を整理していきます。
目次
何が起きたのか:IBM株が2000年以来最悪の急落
2026年2月23日、IBMの株価は一日で約13%下落し、終値ベースで2000年以来となる「四半世紀ぶりの最悪の日」を記録しました。2月単月で見ても、下落率は約27%に達し、30年以上ぶりの悪さとされています。
通常であれば、ここまでの暴落には大幅な決算ミスや不祥事が絡みがちですが、今回はそうではありません。直接のきっかけとなったのは、スタートアップAnthropicによる
「Claude Code」のアップデート発表でした。このツールがCOBOLで書かれたレガシー業務システムをAIで解析・変換し、モダナイズを大幅に自動化してしまうと市場が受け止めた瞬間、IBMの中核ビジネスモデルそのものへの疑問が一気に高まったのです。
Anthropicの「Claude Code」が突きつけた現実
Anthropicが公表した内容によれば、「Claude Code」は従来、人手と長期のコンサルティングプロジェクトに依存していたCOBOLシステムの解析・変換プロセスを、AIベースで短期間かつ省コストで進められることを強く打ち出しています。
COBOLは、いまだに銀行・保険・政府系システムなど基幹業務の中核で使われており、米国の金融取引や公共システムの裏側を支える“見えないインフラ”です。ここに長年深く入り込んできたのがIBMであり、自社メインフレームとコンサルティング部門を軸に「COBOLモダナイゼーション」の世界的なトップランナーとして高収益を上げてきました。
しかし、もしClaude CodeのようなAIツールが普及し、案件の構造が
- 「高単価コンサル+人海戦術+長期プロジェクト」から
- 「AIツール課金+少数エンジニア+短期プロジェクト」へ
とシフトしてしまうのであれば、IBMが誇ってきた高マージンのビジネスラインは根本から圧迫されます。ウォール街は、この「ストーリーの書き換え」を一気に株価に織り込んだ、と見ることができます。
ウォール街の視点:AIは“成長ドライバー”から“既存ビジネス破壊者”へ
IBMショックは、単なる一社のニュースではなく、2026年に入って顕在化している「AI scare trade(AI恐怖トレード)」の象徴といえます。
ここ数週間、米国市場ではソフトウェア・サービス関連銘柄から資金が一斉に流出し、わずかな期間でセクター全体の時価総額が大きく吹き飛びました。SaaSやクラウドソフトを中心に、かつて“ディフェンシブな成長株”とされてきた企業群が二桁台の下落に見舞われています。
背景にあるのは、AIに対する見方の変化です。これまでは、
- 「AIを導入する企業」=成長期待が高い
- 「AIサービスを提供する企業」=新しい需要を獲得できる
と、プラス材料として扱われることが多くありました。しかし現在は、
「AIによって既存ビジネスがどれだけ削られるか」というマイナス面に、ウォール街の視線が向かい始めています。
特に、レガシーソフトウェア、長期保守契約、人手に依存したコンサルティングを収益源としてきた企業は、AIツールによって案件そのものが縮小・自動化されてしまうリスクが意識され、売りの対象となりやすくなっています。IBMは、その“最も分かりやすい例”として市場の売り圧力を一気に浴びた形です。
Microsoft・SaaS企業への波及:巨大プレイヤーの危機感
では、MicrosoftやSaaS銘柄はどう見られているのでしょうか。
第一に崩れてきているのは、「ソフトウェア=安定成長」という神話です。クラウドやSaaSのサブスクリプションモデルは、ストック型収益による高い予測可能性から、長年ウォール街の“優等生”と見なされてきました。
しかし、生成AIの進化によって、ユーザー企業側が
- 自社のデータを用いた独自AIワークフローを構築しやすくなる
- 汎用SaaSの一部機能をAIエージェントで代替できる
ようになってくると、従来型のライセンスや席数課金モデルの価値が相対的に低下していきます。「同じことがAIで安く、早く、柔軟にできるのではないか?」という疑問が、投資家だけでなくユーザー企業の側にも生まれ始めているのです。
MicrosoftはAzureとCopilotを軸に「AIインフラ+アプリケーション」の両輪戦略を取っていますが、ウォール街は
- AIでどれだけ新しい需要を開拓できるか
- 同時に、既存ライセンスビジネスをどれだけ“自分で食い潰してしまうか”
という二つの視点で評価しており、必ずしも安泰とは見ていません。Anthropicの動きは、「AIツールが既存の高単価サービスを一気に崩す」具体例として、Microsoftや他のSaaS企業にも連想的なプレッシャーを与えていると言えます。
SaaS・ソフトウェア業界は本当に“終わる”のか?
では、ソフトウェア業界はこのまま衰退していくのでしょうか。ウォール街の見方を整理すると、短期と中長期で分けて考える必要があります。
短期:バリュエーション修正と“AI税”
ここ数年、SaaS銘柄には非常に高い株価倍率が与えられてきました。ところが、AIツールの台頭によって「成長率が鈍化するのでは」「契約単価が下がるのでは」という疑念が生まれ、バリュエーションの修正(株価倍率の引き下げ)が一気に進んでいます。
さらに、自社サービスにAIを実装する側も、モデル利用料やインフラ投資という形で“AI税”的なコストを負担することになります。短期的には、売上の伸び以上にコストが先行し、利益率が一時的に悪化する可能性も高いと見られています。
中長期:AI前提の新しい勝ちパターン
一方で、すべてのソフトウェア企業が敗者になるわけではありません。AIを前提とした新しいビジネスモデルに素早く軸足を移せる企業には、むしろ大きなチャンスもあります。
- 料金体系を「人月」や「席数」から「成果・アウトカム」ベースに切り替える
- ユーザー企業側の“自前AI”構築を支えるプラットフォームに回る
- 汎用AIでは真似しにくいドメイン知識や独自データを武器に、AI時代のインフラポジションを狙う
こうした方向性をとれる企業は、AIを“既存ビジネスの敵”ではなく、“次の成長エンジン”として取り込むことができるという見方も根強くあります。
投資家と企業が学ぶべき“IBMショック”の教訓
IBMショックは、AI時代におけるビジネスモデルと株式市場の関係を象徴的に見せつけた出来事です。
投資家側の教訓
- 「AIを使っているかどうか」ではなく、「AIによって既存売上がどれだけ侵食されるか」に注目する必要がある。
- レガシーシステムや人手依存の長期プロジェクトに収益を依存している企業は、AIツールの進化スピードに対して脆弱になりやすい。
- AIの矛先がどの業種・どのビジネスモデルに向かっているかを早めに見極めることが、ポートフォリオ防衛の鍵になる。
企業側の教訓
- 「自社の飯のタネ」をAIで置き換えようとするプレイヤーが必ず現れる、という前提で戦略を立てる必要がある。
- AIを自社サービスに組み込むときは、既存ビジネスとのカニバリゼーション(自社食い)を前提に、新しい収益設計を描くべきである。
- AIを“売る”だけでなく、AIで“自社ビジネスをまず破壊し、その上に新しいモデルを築く”という自己否定の覚悟が求められる。
まとめ:AIが主役に、従来型ソフトウェアは“再キャスト”される
IBM株の13%急落は、単なる一社の株価ショックではなく、「AI企業がソフトウェア業界の配役を書き換え始めた」ことをウォール街が自覚した瞬間でした。AnthropicのようなAIネイティブ企業が、かつては巨大プロジェクトと人海戦術でしか解決できなかった問題をツールとして提供し始めたことで、従来の巨大システム産業は強制的な“再キャスト(配役変更)”を迫られています。
これから数年、株式市場は、AIを軸に「誰が作り手の主役になり、誰が背景に退くのか」を、株価という形で冷酷に評価し続けるでしょう。日本の投資家・ITベンダーにとっても、IBMショックは決して対岸の火事ではありません。AIを単なる“効率化ツール”ではなく、“産業構造そのものを組み替える装置”として捉え直すことが求められています。