IT小僧の時事放談

ITサービスと鎌倉新仏教の意外な類似性について

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今日は、仏教の話です。

ITサービスと仏教って・・・
表題を見て疑問を抱く方がいらっしゃると思いますが、鎌倉仏教を起こした先人たちと今の時代が似ているのではないか?
という閃きがありました。

日本は、平和のようにみえますが、世界をみると混乱と戦乱と欲望の時代だと思います。
平和とされる日本でも、人々は、不安を抱えて生きています。
これは、鎌倉時代前後の混乱と戦乱の時代と重なるような気がします。

IT業界も変革の時代を迎えようとしています。
インターネットが、当たり前にある時代になって、便利というキーワードの一方でフェイクニュースと罵詈雑言に溢れたネット社会になっています。

AIが登場してきて人類を超える日も間近でしょう。
そして、スマートフォンという「発明」で人は、意識せずに情報に飲み込まれてしまいました。

今回の「IT小僧の時事放談」
では
「ITサービスと鎌倉新仏教の意外な類似性について」
と題して偉大なる先人たちとITの関わりについて考えてみました。

今回も小難しい話をできるだけわかりやすく解説することを目指してブログにしました。

最後まで読んでいただけたら幸いです。

鎌倉時代

まずは、中学校の歴史のおさらいをしましょう。

鎌倉時代とは、1185年頃 - 1333年に起こった日本の歴史上大きな変革期です。
簡単に言えば、貴族社会から武家の時代へと変わったじだいです。。

鎌倉時代を創設した、源頼朝は、やがて北条家に実権を握られ滅亡します。
幕府が開かれるまでは、武力による統制でしたが、「御成敗式目」を制定して「法律による国家」を目指します。
その後2度の外国からの侵攻(元寇)に対して奇跡的に破ったわけですが、これに駆り出された武士たちは、恩賞もないに等しく不満が溜まってゆきます。
また、この時代から貨幣経済が発展し、経済による格差が拡大、商人たちは、財を築き、彼らに借金をする御家人(北条氏の家臣)も増えてきました。
そして、北条氏の権力集中に不満を持つものが増えてきます。

経済的格差、権力集中による不満から倒幕運動が広がり、後醍醐天皇を中心に幕府を追い詰め
新田義貞の挙兵により鎌倉幕府と北条氏は、滅亡します。
その後、後醍醐天皇による政治が行われることになりました。
これを建武の新政と呼んでいます。

とまぁ 大まかな鎌倉時代の流れを説明しました。
細かいところで意見があると思いますが、こんな感じの時代背景です。
そして、権力構造が大きく変動するとともに宗教界も一大ムーブメントが起きました。

鎌倉新仏教

政治が、貴族⇒武家へと変貌する時代、仏教界が大きく変わってゆきます。
もともと仏教は、インド⇒中国⇒日本へと伝搬してものです。
つまり、輸入された宗教です。
日本の仏教は、聖徳太子(574~622)によってその基礎が据えられたとされています。
やがて仏教は、国家が管理することになりました。

特に奈良仏教と呼ばれる6つの宗派は、国政と近づき勢力を増してゆきます。
奈良仏教は、どちらかと言うと、学問が中心で宗教的側面を残しつつ、研究所として成り立っていました。
それは、貴族や皇族のものであって、庶民とかけ離れたところにあったのです。

やがて、国費で最澄と空海が留学します。
その二人は、それぞれ、奈良仏教と別の道を進みはじめました。
特に最澄は、奈良仏教と激しく対立することになります。
※一説によると皇族間権力闘争の代理戦争という説もあります。

やがて、最澄は、時の皇族の庇護を受け、天台宗と比叡山延暦寺を創設することになります。
しかし、それは、旧来の国家仏教である奈良仏教を否定しつつ、国家仏教のお墨付きをもらったという皮肉な結果になります。

最澄の没後、比叡山延暦寺は、腐敗してゆきます。
国家という後ろ盾を得ている延暦寺は、権力を増すとともに一部の僧たちが堕落してゆきます。
その腐敗した比叡山から法然を先頭に念仏を旗印にして庶民に入っていった僧たちがいました。
積極的に庶民の中に入って行った法然は、それまでの仏教のあり方を革命的に変えてゆきます。
なぜ、法然が革命的かと言うと
法然が出てくるまで、仏教は、お金持ち(貴族)だけが、救われる宗教でした。
そのために競って豪華な寺院を建立してゆきます。
例えば、宇治平等院、金色堂などがそうです。

救われたければ、おカネを出せ!

反対の意味で、貧乏人は、救われない という思想です。

これに対して、法然は、「念仏」を唱えれば救われる。
ということを説きはじめました。

「念仏」を唱える
⇒「無料」で救われる。

専門的に言えば
易行(いぎょう)…厳しい修行ではない
選択(せんちゃく)…救済方法を一つ選ぶ
専修(せんじゅ)…ひたすらに打ち込む
と言います。

こんなことを始めたら、貴族の財力で潤っていた仏教界は、大打撃を受けます。

「おいおい! 無料で(仏教を)ひろめたら、俺たちの儲けがなくなるだろう?」

いろいろな説がありますが、「庶民に仏教をひろめて(売って)」もらっては困るという「経済的な理由」と「権力維持のため」、法然を始め弟子の親鸞も、弾圧されることになります。
※個人的に考えていることですが、まんざらでもなさそうな気がします。

ひろまってしまったら、もう、元にはもどれません。

仏教は、この時代、「有料」だったものが「無料」になりました。

その後、一遍、日蓮、武士に支持された禅宗の栄西、道元などが世に出てゆきます。
いずれも庶民に向けた仏教となってゆきます。
これを総じて「鎌倉新仏教」と呼んでいます。

時代背景

鎌倉時代の前後にかけて、末法とも呼ばれ、飢饉、元寇など外国からの侵略などが起こりました。

末法(まっぽう)とは、仏教で、仏の教のみが存在して悟りに入る人がいない時期のこと。
または、釈迦の死後1,500年(または2,000年)以降の時期のことである。
Wikipedia

不安定な時代に登場してきた鎌倉新仏教の教えは、急激に広まりました。
宗教は、不安な要素があればあるほど、信仰がひろまると言われています。

ITサービス

ここまでITと関係ない歴史の話を進めてきましたが、ここからITかんれです。
SNSは、インターネットの普及とともに爆発的に世界に広がりました。
そして、基本、無料です。

インターネットが普及する前は、パソコンは、スタンドアローンです。
基本的にソフトウェアを購入して使うものでした。

FacebookもTwitterもInstagramも無料です。
Dropboxも一定量までむ無料です。
無料で人が集まったところで広告を出して回収するという仕組みになっています。
それまでは、サービスの価値を上げるだけとなり収入は、¥0です。

サービスが無料で運営できるのは、主に広告収入ですが、広告の効果が出るために何年もかかります。
サービスの価値が上がったところで、広告でおカネを儲け始めます。
お金の回収ができるようになるまでに何年もかかります。
このお金の回収ができるまでを凌げるかが、サービス存続の鍵になります。

鎌倉時代の運営資金を得る方法

鎌倉時代に登場した新仏教の僧侶たちの多くは、比叡山で修行してきました。
僧侶と言っても比叡山から飛び出してきた彼らは後ろ盾がありません。
そうです、経済基盤がないのです。
教えをひろめるためには、今も昔もお金がかかります。
テレビやラジオ、新聞、インターネットなどない時代ですから
「教えがいろまるために時間」がかかったはずです、
その間、鎌倉新仏教の人は、その活動資金をどうやって稼いでいたのでしょうか?

寄付?
パトロン?

教えに賛同する貴族や商人の支援があればこその活動です。
実際には、パトロンが多かったらしいですが、大変な苦労があったと思います。

ITサービス

ITサービスも世間に認知されるまで時間がかかります。
その間、どうやって運営資金を得るかがポイントです。
一般的な運営資金は、以下の方法があります。

銀行
信用金庫
日本政策金融公庫
社内ベンチャー
国や自治体からの補助金
クラウド・ファンディング
ベンチャーキャピタル

現実的には、銀行、信用金庫などは、敷居が高く、基本借金です。
無名な人間におカネを貸してくれるわけはありません。

となると社内ベンチャーが一番、現実的です。
ただし、経営者を説得できる企画が必要になります。
原則、経営者は、ケチですから、簡単には、おカネが出てきません。
説き伏せるプレゼン力が必要になります。

そうです。
今と鎌倉時代の先人たちとあまり変わらないのです。
彼らも自分の企画を持って説法をするわけです。
ハードルが高いのは、どちらも同じです。

無料化の道へ

鎌倉新仏教の先人たちは、有料(お金のかかる)仏教を無料(念仏を唱えるだけ)にしました。
簡単な教えを武器に人から人へと伝わり、やがて多くの人が賛同し、お金と人を集めることに成功しました。

ITサービスも無料なものが多くなってきました。
Twitter、Facebook、Instagramどれも基本無料サービスになっています。
集客は、ネットの口コミが中心でヒットすれば指数的に増大する傾向があります。
そして、人が増えれば広告媒体として成り立ち、お金が集まってきます。

こうしてみると、最近のITサービスは、鎌倉新仏教と似たような広がりをみせています。

まとめ

1000年以上前の仏教とITサービスが似たような仕組みで広がりを見せています。
人が集まれば、お金が集まってきます。

問題は、どうやって人を集めるかです。
鎌倉時代の先人たちは、広告媒体をもっていないにもかかわらず、巨大な組織と経済基盤を形成することができました。

同じようにITサービスもできるはずです。
1000年前の手法が通用するかどうかわかりませんが、人間って案外変わっていないような気がするのですがいかがでしょうか?

少し、難しい話だったかも知れません。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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