IT小僧の部屋

シリーズ~プログラマーに歴史あり 第七話 さらばCOBOL 後編

プログラミング言語図鑑

お久しぶりです。
IT小僧です。

掲載が遅れてしまって申し訳ありません。

では、後半のはじまりです。

今回のシリーズ~プログラマーに歴史ありは、
シリーズ~プログラマーに歴史あり 第七話 さらばCOBOL
後半のはじまりです。

最後まで読んでいただけたら幸いです。

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昭和の転職活動

1986年当時の転職活動は、21世紀 2021年の世界とは、大きく違っています。

転職も今ほど活発ではなく、終身雇用制度があたりまえのような時代でした。
そんな社会状況でもプログラマーやシステムエンジニアの転職は多かった。
COBOLの経験があれば、仕事先には困らなかったと思います。

コンピュータ業界の慢性的な人材不足は、昔から変わっていない。

当時は、インターネットはありません。もちろん携帯電話もありません。
そのため就職情報誌で探すことになります。

IBM大型汎用機のプログラマーの経験者求む
日立系経験者求む
ACOS経験者求む

などのように特定のコンピュータ経験者の募集は多く、COBOLの経験者求む のような言語に縛られたものは少なかった。

大型コンピュータ経験者以外では、マイクロチック開発、アセンブラー経験者などのように主に家電のプログラマーの募集が多かったと記憶している。

C言語の経験者とか、UNIX経験者などという分野は、まだ小さく、ゲームの制作などという分野は、その多くが、個人プログラマーの世界であった。

あっさり決まった

IT小僧は、脱COBOLを希望していたのでそもそも募集が少なかった。

その中で見つけた数件に郵送で履歴書を送付して結果を待った。
そのうち1件 面接可能という連絡(電話)があり、面接に出向いた。

会社名は、アドービジネスコンサルタント(略称 ABC)約3年程度しか在籍しませんでしたが
先程ページを確認すると 大手企業となっていた。

IT小僧が、門を叩いたころは、まだまだ 発展途上の企業でしたが、大型汎用機からオフィスコンピュータなどを手掛けていた。

面接は順調だった。
採用決定も早く、会社の話では、大型汎用機以外の部門への進出も考えているので幅広い人材を募集しているということでした。

というわけで給与面も問題がなかったので初めての転職はスムーズ

もっとも、今より、コンピュータエンジニアの絶対数が少なかったわけで、他社で教育を受けたエンジニアの転職は、即戦力として貴重な時代でもあったのです。

さらば 会社 さらば COBOL

転職先は、なんとか見つかったわけですが、問題は、どうやって 会社を辞めるかです。

前回も書いたのですが、せっかく育てた人材でこれからが本当に稼がせてもらうというタイミングで辞められたら

「そりゃ 大きな損失です」

今とは、違い、それだけエンジニアの価値が高いころであった。
※と言っても給与の麺では、恵まれていなかったかも知れませんが・・・

辞めたいことを上司に告げてもなかなか取り上げられなかった代わりに、別の仕事を用意すると話を持ってきた。

仕事は、B10というバロースのパソコンでBASICで帳票を作成するような案件でした。

「COBOL以外ならば・・・」

という意味合いもあったと思うし、COBOL以外の仕事をさせて引き留めようとしていたんだろう。

「しかし、そこじゃないんだよなぁ」

自分が求めていたものは、あの Macintoshを雑誌で見た時の衝撃から離れることができなかったのである。
大型汎用機でCOBOLで仕事をしていても カネにはなるけれど 先があるかどうかわからない。

直感的ですが、きっと あのMacintoshを使う時代が来るだろうと感じていた。
B10のしごとを断り、思い切って辞表を書いてなんとか受け取ってもらい、辞めることができるようになった。

実際に退職するまでに かなり時間がかかった。

約3年弱、お世話になった会社を去る。

そこには、あまり感慨もなく、ただあたでの希望ばかりであった。

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